リレー随筆

迷い込んだ雀

Sony of Canada Ltd.  酒井 洋人


先月の「とりりあむ」で、渡邉会長が小学校の同窓会のお話をしておられましたが、私の場合は40年前の郷里の高校の同級生が2人も当地にいることがわかり、先日3人で同級会を開いた次第。It's a small world! であります。次回はトヨタの富川社長に執筆をお願いしようと思っておりますが、それまでの中継ぎで少し駄文を。

私の中学時代は高下駄で通学、高校生になると帽子に油や卵白を塗りつけてテカテカにするなどしてバンカラを気取っておりました。都会のすました雰囲気よりも、道から舞い上がる砂埃に馬糞の匂いがする空気が性に合っていたのでしょう。

私が夢見ていたのは喧騒と猥雑の世界でした。癖のある地酒と汗の混ざった匂い、そして煙草の煙が充満する、裸電球の灯る街角の一杯飲み屋で、一日の力仕事を終えた男どもが荒々しく声高に話し、喜劇と悲劇、成功と挫折が日常茶飯事のごとく混在する―そんな世界です。

幕僚より前線の軍曹であることが心地良く、ですから商工会の理事会ではあらぬことを口走るのではと、いつもヒヤヒヤ。

さて、いつからか吾がアパートの室内駐車場に雀が一羽棲み始めました。車が出入りする時しか開かないドアから迷い込み、そのまま出られなくなったらしいのです。ビルの中2階にある100台以上収容のこの駐車スペースはガラス張りの冷暖房完備で明るく広々していますから、閉じ込められたとはいえ、狭い鳥かごに比べれば快適な居住空間と言えなくもないでしょう。

しばらく聞こえていた鳴き声が聞こえなくなったある日の夕方、車からおりた小生の足元で跳ねるその雀を見ました。腹をすかせているのか、足取りが弱々しく、逃げようともしません。哀れに思い、帰宅途中にロブローズで買ったパンをちぎってやりますと、タイヤの陰に持ち込み、啄ばみ始めました。

翌朝、車のところに戻ると、くだんの雀がまたそこにいるではありませんか。前夜のパンの欠片はなくなっていましたから食べ尽くしたのでしょう。少しは元気になったかと思いつつ車を発進させようとした時、なんとその雀がボンネットに飛び乗り、あたかも、今日はパンはないのかと問いたげに、小首を傾げてこちらをじっと見ています。その愛らしい仕草に完敗。車のドアロックをリモコンで開けるあのピッピッという音を合図に、パッと飛んでくるこの雀に一つまみの餌を与えて出勤するのが日課となった次第です。面白いもので、こんな詰まらぬことでも単身赴任者にとっては「張合い」になるのですが、生きてこの駐車場を脱出してくれという感情移入があったことも確かです。それはもしかしたら無意識のうちにこの雀に、紳士の国カナダに迷い込んでしまった吾が身を映していたためかもしれません。

前任地に比べればトロントは天国です。治安は良いしメシもうまい。中華などは世界一かも知れませんね。夏の気候も素晴らしい、ゴルフコースに出るとこんな贅沢をして良いものかと後ろめたささえ感じます。弊社の先輩駐在員の何人かは当地に永住ですが、頷けます。超のつくインフレはないし、商売も先が読みやすいから、昔のように身を削るような苦労をしなくてもそこそこ帳尻を合わせることは出来ます。しかし、耳順う年を過ぎたにもかかわらず、そういう平穏な空間がどうも性に合わず、落ち着かないのです。ある方がトロントでの最後の時間を人生の「第4楽章」と呼んで華麗な帰任をされましたが、私の場合は、何処かで弦がプツリと切れて未完で終わるかも知れません。それもまた、迷える雀にも似た古参軍曹には相応しい「最終楽章」であろうと思っております。

それにしても今朝はくだんの雀を見かけません、無事脱出してくれたのでしょうか。  



ブラジル時代、息子の釣った大ナマズ
ブラジル時代、息子の釣った大ナマズ 

≪著者プロフィール≫
酒井洋人  
1971年ソニーに中途採用され、入社まもなくブラジルのサンパウロに赴任。以来短期間の本社勤務を挟みながらパナマ、マイアミを渡り歩きトロントへと北上。今年で海外駐在通算26年を越える。独活(うど)の大木で、運動神経はゼロに近いからゴルフは一向にうまくならない。ブラジル時代は釣り三昧。息子の釣った大ナマズ(pintado、すこぶる美味)の写真も添付。趣味は軍用無線機の収集と修理。

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