トロント街角紹介

キャベッジタウン
Cabbagetown


DENSO Manufacturing Canada, Inc. 長尾 健


ウェルズリー通り(Wellesley Street)


私たちが住んでいるトロントの街角を紹介するシリーズ第2弾は、アイルランド系移民の心のふるさと "キャベッジタウン(Cabbagetown)"です。

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キャベッジタウンの歴史は1840年代、アイルランド系の移民がトロントの東の街外れに住み着いた頃に溯ります。当時は、どの家の前庭にも畑を作ってキャベツを栽培していたことから、この名前がつけられたそうです。今では、キャベツ畑がある家は全く見られませんが、当時の面影をそのまま残したいろいろな種類のビクトリア調の建築が数多く残っており、北アメリカでも貴重な地域とされています。


旧トリニティ医科大学
(Trinity College Medical School)

キャベッジタウンは 、1813年に焼失するまでオンタリオ州最初の州議事堂があったパーラメント通り(Parliament Street)とドンバレー(Don Valley)に東西を、また、ウェルズリー通り(Wellesley Street)とジェラード 通り(Gerrard Street)に南北を囲まれた地域で、トロントのダウンタウン東部に位置します。

ジェラード通りの1本北のスプルス通り(Spruce Street)に入ると、鬱蒼とした木陰の緑と赤レンガ造りの古い建物とが見事に調和した街並みに出ます。ここには、トロント大学医学部の前身であるトリニティ医科大学(Trinity College Medical School)をはじめ、トロント総合病院(Toronto General Hospital)といった建物が19世紀中〜後半当時の雰囲気そのままに残っています。ジェネヴァ通り(Geneva Street)には、「アルファスタイル」と呼ばれる比較的安普請の家並みが見られます。


アメリア通り(Amelia Street)の家並み

カールトン通り(Carlton Street)やメトカルフェ通り(Metcalfe Street)には、この界隈でも立派な邸宅を見ることができます。立派な邸宅と鬱蒼と繁る並木が絶妙の調和を醸し出しているメトカルフェ通りは、トロントでも最も美しい街路のひとつとされています。キャベッジタウンの北のはずれのアメリア通り(Amelia Street)やウェルズリー通りにも多くの美しい建物が立ち並び、散策の眼を楽しませてくれます。これらの建物は全て19世紀後半に建てられたものですが、百数十年を経た現在も、当時の外観を美しく保ちながらリフォームされ、現役の住宅として使われています。

建物や街並みを見て散策するだけでも十分に楽しいのですが、晴れた日にはリバーデール公園(Riverdale Park)でピクニックをしたり、子供を連れてリバーデール農場(Riverdale Farm)を訪れ、馬や豚、ニワトリなどの家畜に触れたり、昔の農場の雰囲気を味わったりする楽しみもあります。また、リバーデール農場の北側には、ネクロポリス墓地(Necropolis Cemetery)があり、その可愛らしいチャペルやゲストハウスも一見の価値があります。この墓地には、トロントの初代市長であるウィリアム・マッケンジー(William L. Mackenzie)や「グローブ紙(The Globe and Mail)」の創業者であるジョージ・ブラウン(George Brown)、カナダ連邦の父 ジョン・ロバートソン(John R. Robertson)、世界的に有名なスカル漕者であるネッド・ハンラン(Ned Hanlan)など、トロント初期の創設時代に活躍した人々が数多く埋葬されていることでも知られています。


ネクロポリス墓地(Necropolis Cemetery)のチャペル


9月のレイバーディ(Labour Day)直後の週末には、キャベッジタウンの街をあげてのお祭り"Cabbagetown Festival"が開催され、さまざまなアトラクションやイベントを通して、このコミュニティの歴史や伝統に触れることができます。

トロントでも古い歴史を持つキャベッジタウン、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。キャベッジタウンの詳細はwww.oldcabbagetown.com
をご覧下さい。

 

≪著者プロフィール≫
長尾 健  
2001年2月 DENSO Manufacturing Canada Inc.に着任。 家族は家内と一男一女。 息子は東京、娘はニューヨークで学生生活をおくっており、私は家内と2人でカナダでの生活を楽しんでいます。

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