
リレー随筆
記憶に引っ掛る、ちょっとした「!」や「?」
日本貿易振興会(JETRO) トロントセンター 説田 知文

ほんのちょっとした些細な出来事なのに、何故か長く私の記憶に引っ掛っている「!」や「?」があります。嘲笑を買うのがおちでしょうが、敢えてその一部を紹介し、以って本欄寄稿の責に代えさせて頂きます。
手始めは十数年前、トロント着任後間もなくの運転免許試験。当時、当地の免許証を入手するには、日本での運転歴にかかわらず、改めて法規、実地試験を受けなければなりませんでした。まずは法規試験。4者択一で50問ほどの英文と格闘して、首尾良く合格したら、指定される日時に、試験官同乗のもと、一般道での実地試験に臨むことになります。不思議だったのは、指定された試験センターに自分の車を持参せよと指示されたこと。幸い、私の心配をよそに、試験官は不問に付してくれ、何とか合格したから良いけれど、不合格だった時は一体どうやって車を持って帰れば良いのでしょうか? 他にも悲喜交々、新任の駐在員が着任するたびに、数多くの話題を提供してくれた運転免許試験も、今日では日本の免許を無試験で切替えてくれます。当商工会活動による大いなる成果のひとつ。
次なる記憶は、同じくトロント着任後間もなくの頃、あるホームレスとの出会い。小銭を要求された私の口から出たのが、"Sorry, I don't have small change"。対して先方曰く"No, don't mind. God bless you!"。私には"小銭すら持たないこの哀れな者に神のご加護を!"と、逆に哀れみを施された気がしました。もっとも、良く考えてみると、"sorry"と言うべきではなかったのでしょうね。
20年ほど前の欧州での記憶。ある高級ブランド靴店に入ったところ、広い店内には商品が陳列されていません。店員が寄って来て、靴をお探しか? 何のための靴か? と慇懃に尋ねてきました。当方の貧弱ドイツ語の所為かと耳を疑いました。『靴は足に履いて歩くものに決まっとるわい!』半ば不快に思い当惑していると、ビジネス用か? 宴会用か、それとも散策用か? 材質は? 色は? などなど訊いてくるのです。商品がずらりと陳列されていて、自由に選べる日本の店が心底懐かしかったですね。でも、その後慣れてくると、店員が専門職としての誇りをもって対処してくれる欧州式もまた良いものだと思うようになりました。別の店でしたが、初老の店員の見立てで買った牛革の手袋は、最初からしっくりと手に馴染み、未だに重宝しています。
同じ頃、スーパーの食肉コーナーでのこと。十数種類はありそうなハムを、これを1枚、そちらを3枚、それを2枚と、実に悠長に吟味しながら注文する老婦人に、嫌な素振りも見せずに丁寧に応対する店員。それまでの私は、ハムはパック詰、あるいはせいぜい重さで買うものだと思っていました。"ジャパン・アズ・ナンバーワン"と言われ大量消費が美徳とされた国の人間には、ちょっとした驚きでした。
もっと遡って30年前、花の都パリ。イメージと違って目に入るのは車体中凸凹のおんぼろ車と、シャンゼリゼの広い歩道そこら中に放置された犬の糞。足元に気を取られ、まわりの景色を楽しむ余裕などありません。かと思えば、パンを剥き出しのまま、手掴みにして街中を持ち運ぶ人の多いこと。また、パン皿の用意がなく、パンは直に食卓に置くしかないレストラン。さらには、ポケットから取り出した皺くちゃのハンカチの余白を丹念に探して大音響とともに鼻をかむ紳士。私にとって、花の都は気楽な普段着の街に変わりました。
今度は見本市の話題。最初はドイツのさる著名な家具の見本市。来場者の立入りを嫌がる風情の展示ブースが少なからずあります。できるだけ多くのバイヤーに立寄ってもらい、商談機会を求めるのが見本市のはず。不可解でした。しかし、そのブースを自社の商談室と同等に位置付けて、特定の年来の顧客との商談に徹する。あの物々しい雰囲気は、その後事情を知り合点がいったところでした。
もうひとつは、米国のさる石油産業の見本市でのこと。無機質の機器や説明パネルが賑々しく展示されている中に、実に場違いな感じのブースがありました。比較的広いスペースの中には、重厚な造りの背丈の高い靴磨き用の椅子が2脚据付けられ、その前ではバニーガールが愛想良く客を誘っています。会社名の標示は一切ありません。興味津々、鼻の下を長くして椅子に腰掛けると、ちょうど目線の先、つまり通路側からは死角の部分に会社名の標示が。アメリカらしい嗜好でした。
最後に、前出のホームレス氏についての後日談です。私は再び機会を得て、およそ数年の間をおいてトロント勤務に戻りました。驚いたことに、以前と同じ場所に同じ風体で、かのホームレス氏がいるではありませんか。同氏のみならず他にも再会しました。彼らを勝手に一時の糧を刹那的に求める気の毒な人々と思っていたけれど、実は小銭集めを業とするその道のプロなのかも知れませんね。
次回は、パナソニック カナダ株式会社江崎英二社長にご登場願います。
≪著者プロフィール≫
説田 知文
1970年ジェトロ入会。
東京本部の他、IIST(研修)、高知、千葉県(幕張メッセ)、チューリヒ、トロント等で勤務。家族(妻、長女26歳、長男18歳)は日本在住。
(注)上記は古い記憶に拠ります。状況の変化や思い違い等は容赦願います。 |
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