
Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう
ティム・ホートン
1970年代のティム・ホートン
Courtesy of The TDL Group Corp.
Art Words 広瀬 直子
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今ではカナダで外出して「Tim Hortons」のサインを見かけない日はないというぐらい国民の生活に浸透しているこの名は、店の創設者であり、50−60年代にナショナル・ホッケー・リーグを華やかに飾ったティム・ホートン氏に由来します。(ビジネス名は「Tim Hortons」、選手名は「Tim Horton」)
1930年、オンタリオ州北東部のコクランという小さな町に出生。19歳でトロント・メープル・リーフスに入団してからは、名ディフェンスマンとして22年間ナショナル・ホッケー・リーグで活躍、1446のレギュラー・シーズン・ゲームを戦います。ディフェンスだけでなく、スラップ・ショットの名技でも有名で、115回のゴール、403回のアシストという成績を持ちます。晩年はニューヨークやバッファローなど、アメリカのチームに属しました。
「ミスター・ホッケー」のニックネームで知られるもう一人の伝説のカナダ人ホッケー選手、ゴーディー・ハウ氏は「ティム・ホートンはホッケーで最強の男だったが、氷上のバイオレンスよりはピースを好む男だった」と振り返っています。
人気ホッケー選手の華やかなキャリアの裏には、過度の飲酒や決して平穏とは言えない家庭生活があったといわれます。1955年、プレー中にあごと足の骨を折り、氷上に立てなかったときには、破産に陥ったこともありましたが、翌年にはカムバックを果たしました。
現在のティム・ホートンズ・ビジネスの原型となるドーナツ&コーヒー店をオンタリオ州のハミルトンにパートナーと共同でオープンしたのが1964年。現在「ティム・ホートン・チルドレン・ファンド」の会長を務めるロン・ジョイス氏は初期の共同設立者のひとりです。
1974年、トロントでのゲームを終えてバッファローへ行く途中、交通事故で死亡。スポーツカーに乗り、時速160キロでクイーン・エリザベス・ウェイを飛ばしていたときの衝突でした。若干40代半ばでの死は、家族や友人だけでなく、世界のホッケー界にとって非常に大きな痛手であると言われました。それはまた、ホッケーというスピードと切り離せないゲームにほれ込んだ男らしい死に方だったといえるかもしれません。
1977年、死後3年経って、ホッケー・ホール・オブ・フェームに殿堂入りを果たします。
≪著者プロフィール≫
広瀬直子 フリーランスの編集者・ライター・翻訳者。過去約6年間『とりりあむ』の編集を担当させていただいております。
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