Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう

発明家・国際派ヒューマニスト
アレクサンダー・グラハム・ベル
Alexander Graham Bell(1847―1923)

ベル夫妻
ベル夫妻
Courtesy of Alexander Graham Bell Institute


Art Words 広瀬 直子




カナダ最古・最大の通信通話会社、ベルカナダの「ベル」は「電話の発明者」アレクサンダー・グラハム・ベル博士の名に由来します。ベル博士はどんな人物だったのでしょうか?

◇◇◇

電話の発明者として世界に知られるベル博士は1847年にスコットランドで生まれ、1870年に家族でオンタリオ州に移住。1879年に米国のボストンに妻子とともに移り住んだ後も、カナダとの往来を続け、ノバスコシア州のバデックで航空実験に従事しました。バデックに別荘をもち、1923年に亡くなったのもこの地でした。

ベル博士が電気装置を使って声を伝えるというアイデアを最初に父親のメルビル・ベル教授と語り合ったのが1874年。オンタリオ州ブラントフォードにある父親の自宅でのことでした。その2年後、ブラントフォードから同じオンタリオ州のパリス市へ、世界で初めての長距離通話に成功します。

書記の木箱製の電話機
初期の木箱製の電話機
Courtesy of Alexander Graham Bell Institute

徐々に一部の人に使われ始めた初期の電話機は、木箱製のもので、受話器の耳部分と口部分の区別がなくひとつであったため、使用者が通話口を交互に耳と口にあてるものでした。また、途中で音が途絶えることもしばしばありました。

ベル博士がスコットランド生まれのアメリカ人とされることが多いのは、一家でボストンに移り住んだことに加え、ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティーの設立に寄与し、スミソニアン・インスティチュートの理事を務めるなど華やかな名を掲げる米国の組織で活動したからに他なりません。実際のベル博士は、世界各国を旅した経験があり「イギリス人、カナダ人、アメリカ人」のすべてが当てはまる国際人でした。

ベル博士は電話の発明で名を知られますが、耳の不自由な人への教育における先駆者でもありました。発明家・科学者である一方で、国際人・ヒューマニストだったのです。

彼の活躍の背後には経済的、事務的、精神的に援助を続けた妻の多大な力があったと言われます。また、電話の実現は、父親のメルビル・ベル教授との語り合いがあってこそ生まれたものだと言われます。現在私たちが享受する世界とのコミュニケーションにつながる人類史上の偉大な発明についてベル博士が以下の言葉を残しているのも、父との語り合い、そして妻の援助を思ってのことかもしれません。

"Great discoveries and improvements invariably involve the cooperation of many minds." 「偉大な発見と進歩にはいつも、何人もが協力して精神力を発露することが必要である」

ちなみに、電話の呼び出し音を意味する「bell」とベル親子の「Bell」が同じ言葉なのは偶然です。


ノバスコシアに行ったら足を伸ばしてみませんか?

(Alexander Graham Bell National Historic Site of Canada)
ノバスコシア州・バデックのベル博士ゆかりの地
http://www.pc.gc.ca/lhn-nhs/ns/grahambell/index_e.asp
ベル博士の人生と科学的功績の表現を目的に、モデル、レプリカ、写真、映像、関連品を展覧する複合施設。ブラドー湖とバデック湾の美しい景観も臨めます。

参考サイト

Parks Canada (http://www.pc.gc.ca/lhn-nhs/ns/grahambell/natcul/index_E.asp)
Bell Canada Enterprises (http://www.bce.ca/en/company/history/)



≪著者プロフィール≫
広瀬直子
フリーランスの編集者・ライター・翻訳者。過去約6年間『とりりあむ』の編集を担当させていただいております。
 

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