
リレー随筆
キャッチ&リリース!−フライフィッシングの醍醐味
ヤマハ 猿谷 徹
6年程前、縁あってフライフィッシングと出合った。前任地のマレーシアでは竿を振るチャンスがなかったが、昨年7月にフライフィッシャーのあこがれの地カナダに赴任し、今年竿振りを再開しようと心弾ませている。
もともと美味しい魚を食べたい一心で10年以上も前に釣りを始めたのだが、動機が動機だけに、やれ黒鯛を食べたい、次は鮎も食べたいと切りが無く、食い散らかすように広く浅く釣りの領域を広げてしまった。
当然のことながら釣果は伸びず、竿の種類と嫁さんの小言が増加するのみ。まるで不動在庫と販管費の増加をかかえる不良事業部門のような自分に気付き、いささか嫌気がさした。それでも人様から「釣りは楽しいか?」とか「釣果は?」と問われれば、「答えは明確にNOだろ!!」と自分に毒づきながらも、「まあまあですね」などと日本人の標本ような答えをさわやかな笑顔と共に返していた。
実際に釣っている間も、釣れた魚をどうやって食すかばかりを考えていて、釣りそのものを楽しんではいない。特に、乗合船で沖に出た時などは最悪だ。船頭さんが魚群探知機で狙いを定め「深度80メートル!」などと言う指示に、ただ従って仕掛けを下ろすのだ。こんな時、「船頭の言うがままのこんな釣りの何が面白い!」などと心中で愚痴っている始末。しかし、ひとたび狙いの魚がかかろうものなら、気分は一気に釣りの名人となり、いかに釣りが楽しいかを人様に語っている自分が恐ろしい。こんな似非(えせ)釣り人でいいのだろうか?
そんな釣りとの中途半端な関係を断ち切れないままずるずると過ごしていた時、フライフィッシングに出会ったのだ。
これはこれまで経験してきた泥臭い釣りとはまるで違う。まず、何といってもあの気持ちの悪いミミズの類の生餌を使わない。全て本物に似せた擬似餌を使う。これがまたよく出来ており一つ一つが工芸品のようだ。実に美しい!
次に、竿やリール等の道具もシンプルでいい。コンピュター制御フルオート電動リールの使用マニュアルと悪戦苦闘しながら不覚にも眠ってしまう、というようなこともない。しかも、たった一本の短い竿で数十メートル先のポイントを狙えるのだ。これはすごい!
また、フライフィッシャーたちの格好がファッショナブルである。実にカッコいい!元来、形から入りがちの私は直ちにその虜となり、他の全ての釣りを止めてしまった。
始めてみると実に奥が深い。そして科学的だ。まず、狙った魚の生態系を理解しなくてはならない。竿振りと疑似餌作りの技術取得も難しい。誰もが簡単に出来る釣りではない。そこが魅力だ。経験数年の私など、いまだに初心者のレベルを脱しないでいる。
ところで、フライフィッシングを通して考えさせられる事が多くなった。それは、昨今の釣りブームを背景に、業界が釣りをスポーツの一種としてさらに普及させようとしていることに起因する。スポーツと定義付けるからには、様々なルールが規定される。そのこと自体に異論はないのだが、これらルールの本来の目的を理解しないまま、或いは明確にしないまま、上辺と目先の利益だけに走っている現象が増えてきている。
「キャッチ・アンド・リリース」は、その代表的なルールだ。これは、乱獲による種の絶滅をさけるため、釣った魚をできるだけ傷つけずに自然に返す、という自然保護の観点から生れた。しかし、これが自然保護という名目の下、一人歩きし出している。
本来このルールは、「自分が食べる必要以上の物をとるな!」という動物界の原則と共に、そこにある生態系を守るというのが前提である。にもかかわらず、ブラックバスなどの違法に放流された外来魚により日本本来の生態系が破壊されつつある状況の中で、これらの外来魚釣りに興ずる輩が「キャッチ・アンド・リリースと自然保護」について語るのには驚かされる。
また、有名タレントを起用した「ブラックバス釣り大会」的なTV番組などは、釣具業界あげての生態系破壊推進キャンペーンとしか言いようが無く、そこまでして儲けたいか!とあきれてしまう。
釣りの本質はスポーツではなく「狩」である。フライフィッシングも、食べたい魚を狩るために磨き上げられた技術の一つに過ぎないのだ。そして、食べたい魚が失われないように生れたルールが「キャッチ・アンド・リリース」なのである。
次号は、スズキカナダ社の阿部社長にお願いいたします。
≪著者プロフィール≫
猿谷 徹
東京出身 ヤマハ(株)では本社スタッフ部門と国内営業経験が長く、海外営業部門は4年前から。カナダはマレーシアに続き2カ国目の赴任地。趣味はアウトドアスポーツ全般と料理。妻と子供が2人。
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