リレー随筆


異文化の面白さ


スズキカナダ 阿部 好伸
スズキカナダ社 阿部社長


「スズキ ニュージーランドへ駐在してくれ!」そんな社命が下ったのは1992年8月、夏の暑い盛りであった。海外営業を希望して入社し海外勤務を夢見る毎日であったが、突然の辞令には少なからず動揺の色を隠せない。

ニュージーランドの国土は面積約30万平方キロ、北海道を除く日本に静岡県人口約400万人が住んでいるという感覚の緑豊かな牧歌的な国だ。我々家族の赴任地は、首都ウェリントンから北西へ車で2時間半の田舎町、原住民マオリ族の言葉で「美しい湾」の意味を持つ人口4万人たらずのワンガヌイ市。日本食レストラン、日本語TVに別れを告げ、補習授業校もなく、子供の日本語教育はもっぱら親が指導。日本企業の駐在員も我々以外にはおらず、家を一歩出たら日本語とは無縁の世界。その昔日本で「あっ!外人だ」といってじろじろ見たりした自分が今度は逆の立場で見られる身となる羞恥に似た感情に戸惑った。時の流れが極めて緩慢で、一日中微動だにせず草を食べている羊たちが更に拍車をかけた。 

そんな勤務先で、ある日重要な議題を打合せる為マネージャ全員が一堂に会し会議を行った時のこと。日本人的発想では重要な会議の場でジョークを言う、笑うというのは「不謹慎」「不真面目」ととられ、「何を考えている!真面目にやれ!」とどなられるのが通常のパターンである。ところが、この会議中ちょっとした沈黙が流れたその瞬間誰かがスラングを交えたジョークを言った。会場はクスクスと笑う声に包まれ、会議の緊張感は一挙に崩れ落ちた。疎外感から腹が立った。ばかにされていると思い「真面目にやれ!」とどなった。彼らは私がどなった理由が理解できなかったようだが、結局「過度の緊張感とストレスの中ではいいアイデアは生まれないから緊張感を一度断ち切る」という自然の摂理に沿った彼らなりの言動であったのだろう。小田原評定回避の為の根回しよろしく形式を重んじる日本式会議進行を改めて考え直すきっかけとなった。

またある日、ニュージーランド最大の都市オークランドで久しぶりの日本食レストランに入り「天ざるそば」を注文、音を立ててすするように食べた。美味かった! しかし同時に近くにいたニュージーランド人の顰蹙(ひんしゅく)を買った。ニュージーランドといえどもここは日本食レストランであり、日本の食文化の一端、ひいては日本式マナーを知る理想的な場所である。納豆を噛み砕く感覚でモグモグとそばを食べるのはいかにもまずそうでやりきれない。シェフに対して失礼ではないか!と言いたいものの、今では最小限の音を立てて静かにそばを食べるようになってしまった自分が無性に情けない。

昔は初対面の方との名刺交換の際、視線は互いに差し出す名刺に注がれておりお互いの顔を見つめ合うことはなかった。しかし、紹介された相手の目を見ながら「お会いできて嬉しい」と微笑みかける仕草は今にして思えば至極自然な基本的動作であり、何故これまでしてこなかったかと不思議にさえ思う。

なんやかんやで初めての海外赴任先ニュージーランドでのさまざまな異文化体験がきっかけとなり、博覧強記とは質を異にする新鮮な驚きと発見が、国境を越え国籍を超えた人々と対等にお付き合いできる包容力を養ってくれた。 

世界狭しといえども、国が違えば言葉、文化、ライフスタイル、食事、マナー、あらゆる点で異なるが、カナダという多民族文化圏に居住する我々には、心を豊かにしてくれる貴重な異文化体験のまたとない機会が与えられている。ニュージーランドに始まった海外駐在もそろそろ12年目に近づかんとしているが、カナダ駐在生活の醍醐味の一つは、出身国の異なる人々との会話を通じ互いの文化の違いを認識しその違いを理解する包容力が自然と身につく喜びであろうか。

NZ駐在時、自宅付近のバージニアレーク公園にて
NZ駐在時、自宅付近のバージニアレーク公園にて


次号は、UFJカナダ銀行の影山社長にご登場お願いしております。

 

≪著者プロフィール≫
阿部 好伸
東京生まれ。大学卒業後静岡県浜松市のスズキ(株)に入社。海外営業部門を歩み、1992年ニュージーランドの小都市ワンガヌイへ赴任、その後2年間のロサンゼルス駐在を経て3年半前よりトロントへ。妻と男三兄弟の5人家族。

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