
趣味と私
ロシア民謡とボク

Toyota Canada Inc. 富川謙司
小学4年の夏のことでした。OLになったばかりの姉のひとりから、ソノシートが3枚入ったロシア民謡アルバムをプレゼントされました。音楽好きな、ずっと年上の5人の姉兄がいて、それぞれが当時のSPレコード盤を集めていたのにボクだけ1枚もなかったので、さっそくこれが宝物になりました。蓄音機にちかい古いプレーヤーで、それこそ毎日学校から帰ると早速聞きました。
ソノシートですから、音の劣化が激しく、1カ月もすると、雑音のなかに必死に曲を聞きとるといった具合でした。「収穫の歌」、「ステンカラージン」、「二つのギター」、「アムール川のさざなみ」、「ボルガの船曳」など―どの曲にも解説と写真がのっていて、聞くにつれロシアの風景や、生活模様が想像の世界に焼きついてき、そうするうちにグラビアの大きな黒い瞳の女性に淡い恋ごころまで抱くにいたる始末。いつしかロシアは「ボクの世界」になっていました。
ロシア民謡とひと口でいっても、キエフ公国の10世紀以前にまでさかのぼり、ノブゴロド王国、ロシア公国を経て、いわゆる吟遊詩人と民衆、とくにきびしい気候と過酷な生活を強いられる農民たちとの接点で普及、発展していきました。
その過程でタタール人がアジアの楽色を移入し、一方ではギリシャ正教のロシア化(ロシア正教)によって、ギリシャ正教歌独特の無伴奏、大きなリズムのうねり、独唱(司祭)からはじまって合唱(信者たち)に受け継がれるといった、独特のスタイルが持ち込まれます。そして時代がずっと先に進んで、グリンカとかボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーなどの偉大な音楽家たちが、ロシア民謡を素材に多くの名曲を残したこと(国民音楽運動)で、音楽的に大きく発展しました。その後もロシア革命からソ連の時代を通じて、農民や労働者の国家建設にたずさわる喜びをうたった底抜けにあかるい歌などが加わってきます。
ペテルブルグの教会
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もともとロシア民謡には恋の歌がたくさんあります。純情な恋心を歌った曲が多く、「樫の木」(男)や「ぐみの木」(女)が比喩的によく登場します。
また世界でもめずらしい、男女のかなりきわどい内容のものまであります。それから、河の歌がたくさんあります。西はウクライナから東はシベリアの果てまで、ロシアには無数の河が大きくうねるように流れていて、生活に密着していました。冬は河が凍って、トロイカの交通要路となりました。ボルガ、ドン、エルベ、アムール、ドニエプルなどの大河は「母なる河」、「父なる河」などと愛称され、民謡に広く歌われています。この他、囚人(逃亡農奴など)の歌、たたかいの歌、民族や平和の歌など、歴史と国土の拡がりの中で、時代時代の、地方地方の生活に深く根ざした実に多くの、すばらしい歌があります。極寒で雪にとざされた冬には短調の悲しい曲が多く、逆に春のおとずれには長調の浮き立つような、ハイテンポの曲が多くなります(カナダの生活心情にも似ていますね。)
昨年11月、モスクワとサンクト=ペテルブルグを訪れる機会を得ました。夢にまで見たロシア民謡のふるさと。3泊4日の短い滞在でしたが、本当に夢の世界をたずねているようでした。来年ふたたび訪れ、あこがれの国立ロシアアカデミー合唱団を本場で聞いてきたいと思います。
 ペテルブルグの風景
≪著者プロフィール≫
富川謙司
70年トヨタ自動車入社以来、一貫して海外を担当。駐在経験はマニラ(95年から96年7月)とトロント(96年9月から99年末、および02年から再赴任)の2箇所。昨年8月から妻もトロントへ合流。単身会を脱会、今日に至る。
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