インタビュー・シリーズ この人に聞きたい


日本の映像・メディア作品を世界へ
映像監督/国際映像プロダクション・アドバイザー

ミハリス・クルリスさん

ミハリス・クルリス氏



フリーランスライター 三藤あゆみ


トロント大学の東アジア学科や日本学科の卒業生たちの多くは日本に関係する様々な場で活躍している。トロント在住のミハリス・クルリスさんもその一人である。ギリシア系のカナダ人で、一時は親の出身地であるアテネに住み映画俳優をしていたが、日本に興味をもち、再び大学で勉強するためにトロントに戻ってきた。現在は日本とカナダ、そしてギリシアに関連する映像プロダクションの国際関係アドバイザーをしながら、自らも映像監督をする。 今、ミハリスさんの手がける一番大きなプロジェクトは最近日本で注目を浴びはじめたデジタルメディア・アーティストの長谷川章氏による『デジタル掛け軸』http://www.geocities.jp/dejimaka_sendai/ というダイナミックで新しいデジタル映像アートの世界展開である。2004年の大晦日には、ギリシアのアクロポリス遺跡に投影して年越しカウントダウンをするというイベントを仕掛け、大成功したばかりだ。


まず、デジタル掛け軸とはいったいどんなものなのか聞かせてください。

「デジタル掛け軸は、石川県の小松に住む長谷川章というデジタルメディア・アーティストが創作した、ちょっと珍しい作品です。最初、建物などを照らすカラフルなライトアップかと思ったのですが、これはじつはビデオプロジェクターを使って色彩の美しい抽象画のような映像をビルや山の斜面に投影するもので、その映像は地球の自転と同じ速度で違った模様と色に移ろってゆきます。夕焼け空が少しずつ変化していくような感じです。興味深いのは、その色や模様の基本パターンは、人がデザインしたものではなく、空を飛び交う宇宙ノイズをキャッチしてデジタルデータにエンコードしたものを長谷川さんが自分で開発したソフトでコンピュータのモニター上に図として再生したものなのです。夜の街や自然が幻想的な空間に変わるりとてもきれいです。日本では高野山、大阪城、阿蘇山、お台場など様々な場所でインストールを行いました。そしてつい先日2004年大晦日には、アテネのアクロポリス古代遺跡で日本の古代の音楽とともにショーを行うという初の世界進出をぼくがプロデュースしたんです。」

古代ローマ遺跡に投影したデジタル掛け軸
古代ローマ遺跡に投影したデジタル掛け軸


デジタル掛け軸との出会いはどういういきさつだったのですか。

「トロント大学に通っていた頃、日本の歴史や映画の勉強をしたのですが、コースの中に柔術の哲学や日本の芸術という授業があって、その中で「間」とか「無常」とかそういうコンセプトをたくさん学びました。「間」から何かを感じ取るとかいうのはとても新鮮な考えかただった。一方、ぼくはカナダ人でもありますがギリシアのバックグラウンドを持っているので古代ギリシア哲学にもある「万物は流転する」というのに似たような考え方が日本にもあったのかと思い、日本という遠い国に不思議な親しみを感じていました。それで1年前、テレビ企画の仕事で日本へ行ったときにデジタル掛け軸と創作者の長谷川さんとにたまたま出会ったんです。で、デジタル掛け軸のコンセプトが時間や空間の「間」を楽しむというのと、その抽象画みたいな映像を何日も流しっぱなしにしておいても同じ模様や色は出てこないというのを聞いた。これは新しいテクノロジーを使ったデジタル・アートだけど、アメリカのハリウッド文化の真似などではなくて日本独特のコンセプトが使われているのがとても興味深いと思いました。光の美しさとダイナミックさにも魅力があるし、これは世界でも受けるのではないかと思ったわけです。僕の活動拠点であるヨーロッパや北米でも見せたいと思った。そして、じゃあまずは西洋文明発祥の地からスタートしよう、といってアテネのアクロポリスでやることになったわけです」


ロマンのあるプロジェクトですね。実際イベントの様子はどうでしたか?

「2004年は『ギリシアにおける日本文化年だったので、そのフィナーレを飾ろうといってアテネの日本大使館やJETROに後援してもらいました。音楽とのコラボレーションもあり、縄文時代、弥生時代に神を呼ぶのに使われていたという"石笛"の演奏家、横澤和也さんが参加し、パルテノン神殿のギリシア神話の神々の前に日本の神様を呼んで国際交流、なんていうこともした。共同通信などのメディアにもとりあげられ、たくさんの人が集まって大成功でした」


デジタル掛け軸だけではなく日本の映像文化をもっと世界に広めたいとのことですが、今の日本映画やメディア・アートについてどう思いますか?

「じつは、自分自身が日本と一緒に映画を共同制作したいと思って日本を訪ねたのがきっかけで、もっと日本で作ったものが海外に出て行ってもいいんじゃないかと考え始めたんです。映画業界を例にあげると、近年は中国や韓国などの映画はアメリカでもヨーロッパでも多くのファンを獲得しているしたくさん賞をとったりしている。日本はほかのアジアの国よりずっと早く映像産業が発展して、それに技術もお金もあり独特の文化背景もあるのに、今現在、世界規模で注目されている作品や監督は少ない。もっと世界に出て行ける要素はたくさん揃っているのにもったいないと思っています。CGやアニメーションはがんばっているけれど」

パルテノン神殿とデジタル掛け軸
パルテノン神殿とデジタル掛け軸


日本の作品をもっと世界に出すにはどうしたらいいと思いますか?

「カンヌ映画祭などで賞をとる日本映画もあるから、そういう作品は世界各地で注目されますが、中国映画のジェット・リーやジャッキー・チャンなどのように世界中の人が知っているような映画スターをつくりあげることができたらもっと多くの人から注目してもらえると思います。それから、監督が自分の作品についての哲学を語れないとヨーロッパなどではなかなか評論家の反応が得られない。ほかのアートにしてもコンセプトをもっと語ったほうが西洋人にはわかりやすいと思う。もうひとつは共同制作も含めて世界展開に手を出せるプロデューサーがとても少ないのでは。日本の電気製品や自動車などが世界で認められたのは、もちろん製品が素晴らしいのは言うまでもありませんが、各国へのマーケティングや他の国も学びたいような生産システムがちゃんとあるからでしょう?アートや映像産業も同じように、国際的なビジネス展開やマーケティングのシステムのノウハウを知っているプロデューサーがもっといたらねえ・・・」


トロントで学生時代に学んだ事は日本との仕事で役立っていますか?

「まず、日本と接するようになった大きなきっかけは、トロント大学でアジア太平洋地域学を専攻し、日本や中国の歴史、哲学、社会について、そして日本語を勉強したことです。ぼくの大学時代の恩師であるグゥイッソ教授、フォルケンハイム教授、シュミッド教授などの方から、いろいろな面で影響を受け、さらに東アジアに興味を持ちはじめました。そして、学生時代に得た知識や人との出会いは、仕事をはじめてから文化や人々など様々なことを理解するのに役立ったと思います。もちろん現実は本に書いてあるようにはいかずに、あれ?というようなこともありますが(笑)、文化や歴史について勉強しておくことは、やはり無駄にはなりません。後にヨーク大学の大学院でフローリック教授と、日本にも関係するデュゥイット教授のもとで国際比較政治学や戦略学を研究しましたが、彼らからも学んだことは大きかった。ですから、例えばD-Kプロジェクトでギリシア政府と交渉したりするときに、文化交流という面だけでなくいろいろな事が見えてそれも興味ぶかかった」


今までやった日本との仕事で印象に残ることは?

ミハリス氏とデジタル掛け軸作者の長谷川氏
ミハリス氏とデジタル掛け軸作者の長谷川氏
「日本人と仕事をすると、カナダ人と接するときよりも、ぼくのギリシア人的なところが出てくるのに気づいて、自分でもおもしろいと思いました。日本の映像関係プロダクションのやり方は、詳細までは確定せず、しかもかなりいろいろな選択余地をのこしたまま実際の仕事にはいって、ラストミニッツでなんとかまとめて仕上げてしまうやり方のところが多いけど、どう思うかと聞かれることがあります。それはもう大変で、ええー、と思うこともありますが、じつはギリシア人で慣れています。オリンピック準備でも話題になっていましたが、最後の最後にまとめてなんとかしてしまう。本当にできるんだろうかと心配しても結局はできてしまう、というパターンですから(笑)。ただ、短い期間でこなせて変更にも対応するのは素晴らしい反面、そういうやり方はプロジェクトの広告や広い範囲の人に協力してもらうという点においてはマイナスになりますね。時間がないと他の人はついて来れません。特に国際的に展開したい仕事においては。それから、お酒を飲みながらのミーティング?とりとめもなくいろいろな話しが展開していく・・・。飲んだり食べたり、お互いの人間性まで観察したりして。時間が差し迫っている仕事のときはたいへんです。でも、これもまたギリシアや地中海諸国のやり方と似ている。だからぼくは大丈夫」


これから先はどんなプランがあるのでしょうか?

「自分の映画企画を実現させたい。日本人が主人公のシナリオを書いたので共同制作をしたいです。日本へ行って剣道もやりたいし、それから、日本語ももっと勉強します。」


今日はありがとうございました。





戻る