リレー随筆

渓流釣行に思う
カナダ東京三菱銀行 菊田正史


"週末にトラウトを釣るために、金曜のうちに国境を越える"
少々不正確かもしれませんが、昔、スバルの乗用車のテレビコマーシャルでこのようなフレーズが使われたのを覚えています。記憶が正しければ、場面設定はマンハッタンのオフィスで背広姿で働く一見仕事一筋のビジネスマンが、金曜日の夕方になると一転して私生活モードに変身、カナダでトラウトを釣るために国境に向けて車を走らせるといったもの。このコマーシャルを見た時、そんなライフスタイルに憧れを感じたものです。

そしていつしか私自身、日々満員電車に揺られ通勤するサラリーマンの一人でありながら、週末イワナ、ヤマメといった渓流魚との出会いを求め、金曜の夜、東京からいくつもの県境を越え、山形や秋田、岩手に車を走らせることが少しばかりできるようになりました。 この随筆をリレーしていただき、前回キャンプの醍醐味についてお書きになられた伊藤様から内容までもリレーしてしまうようですが、私がこよなく愛するそんな渓流釣行の面白さについてご紹介したいと思います。

アウトドアレジャーと言えば、大きく"海"派、と"山"派という具合に別れるようですが、皆様はどちらに属されますか?私は学生時代までは、"海"派でしたが、渓流釣りを始めてからすっかり"山"派になりました。では、"山"派の皆様は山をどのようにして楽しまれますか?ハイキング、登山、沢登り、自然観察、バーベキュー、キャンプ、山菜採り、温泉など様々あると思います。実は渓流釣りは、釣りだけでなく、いま具体的に触れました全てを一緒に楽しむことのできる素晴らしいレジャーです。

ご理解をいただくために、私の週末渓流釣行の例をご紹介しましょう。

<金曜日> 
18:30 "花金"(もはや死語でしょうか?)の飲み会の誘いを振り切り、早々にオフィスを後にする。
21:00 仲間と合流、釣り道具やキャンプ道具、食材やドリンク類を積み込んだ車に乗り込み、いざ出発。 天気の心配をしつつ、高速をひたすら北上。交代で運転し、夜明け前、人にも車にも殆ど遭遇しない山奥の渓谷に到着。辺りが白んでくるまでしばし休息。


<土曜日>
5:00前 車から這い出し、まずは森林の新鮮な空気を何度も深呼吸。まだ少し薄暗く、霞の掛かった幽境として美しい渓谷を五感で堪能しつつ、谷に降りる。時には一時間くらい山道を歩いてから谷に入る。 川下で岩をゴロゴロひっくり返しながら餌となる川虫を採集し、いよいよ釣りの開始。 沢を渡り、岩を登り、少しずつ清流を上る。浅瀬、流れのたるみ、淵、ゴルジュ、滝壷など異なる表情を見せる川の流れに仕掛けを自然に流し、美しい渓流魚を待つ。順調に行けばすぐにヤマメに遭える。 水と緑と岩が織り成すランドスケープ、水の音と鳥のさえずりを楽しみながら釣り上がる。 写真を撮ることが好きな私は、きれいな小滝を見つけてはシャッターを切る。植物の名前や鳥や昆虫の名前を少しずつ覚える。 時には景色のいい場所を見つけて休憩。お湯を沸かし、皆でコーヒーを飲む(私の場合はビール)。
11:00 日が高くなると釣果が下がるため、一旦竿を置き、キャンプ設営、薪集めなどを分担して行う。 その後自由時間。ちょっと贅沢な昼寝もよし、川で泳ぐもよし。山のベテラン方はキノコ採りだの山菜採りだのするが、私はキノコだけはまだ口にする勇気はない。盆栽用のコケ集めをする人も。
15:00 日差しがやや弱くなったころを見計らって再び谷へ。夕方の渓流もまた異なった表情。
18:00 火を焚き、夕食の準備。火を熾すのが一番難しい仕事。ただ仲間に必ず誰かうまい人がいて、任せる。 いよいよお楽しみの夕食。メニューはだいたい同じで、釣った魚の塩焼き・天婦羅、豚汁、焼き鳥、焼いた野菜、山菜など。川の水がよいところならば、イワナやヤマメを刺身や寿司にして食べられる。そして、なんと行っても名物"骨酒"(カリカリに焼いたイワナを熱した酒に入れダシをとったもの)は酒好きにはたまらない。 焚き火を囲み、東京よりもうんと近くに見える星を観察しながら、釣り談義に花を咲かせる。
21:00 いい加減お酒を飲んだらテントで就寝。(但し、熊が出そうなところでは交代で火の番をするのだが、これが結構怖い。)


<日曜日>
5:00前 辺りが薄明るくなるころ活動開始、谷に降り、前日と違う沢を上ってみる。最後の釣りを楽しむ。
8:00 全員で帰り仕度をし、帰路に着く。途中温泉を見つけて入浴。日本では山と川があるところ温泉あり、渓流釣りに行けば必ず温泉を発見できる。田舎道のドライブを楽しみ、道中蕎麦屋などで昼食を取る。家族へのお土産として地場名産の食べ物などを買い、東京を目指す(運転手以外は爆睡・・・)。
18:00 東京着、次回企画役を決めて、解散

 
と、このように格好良く、うまく運べば正に理想どおり。ところが実際はハプニングや危険は付き物で、うまく行くことばかりではありません。現地に着いたら大雨が降ったり、雨の直後増水して川に入れなかったりで、無駄足に終わることもあります。川に入れたは良いが、流されそうになることや、急な雨による鉄砲水に怯えることもあります。一尾も釣れないこともあります。ある時、滝を高巻き(川下から滝の脇の崖を上って滝を越えること)しようとした際、足を滑らせ、15メートルの高さから岩場に落下しそうになったこともありましたし(滝つぼで見ていた妻の動揺した表情は一生忘れられません)、夜中にテントを野犬に包囲されたこともありました(熊でなくてよかった!)。また、携帯電話が通じない山中で車が故障し、運良くキノコ採りにきていた人に町まで車で連れて行ってもらいJAFとの連絡に成功したものの、"JAFはロードサービスはやっているけどそんなオフロードでのサービスはやってない"などといいわれ、大ピンチに陥ったこともありました。

幼少期から様々な種類の釣りを経験して来ましたが、何故渓流釣りにだけ熱中してしまうのか、しかも決して手軽ではない、危険も伴うものなのに。このような書き物をする以上、自分なりの理由を説明しなければならないのでしょう。

まず言えることは、釣りそのものの面白さだけではないということです。渓流釣りは自然に逆らわない繊細さ、釣れる魚の美しさなどその趣の深さにおいては、私の知る他の釣りに抜きん出ていますが、ゲームフィッシングという観点からは、他に面白い釣りは幾らでもあります。では何故か。繰り返しになりますが、自然に様々なアウトドアレジャーを一度に楽しんでしまうことができる充実感が挙げられます。しかし最大の理由は、難しいことではなく、どっぷり自然に浸かることの気持ち良さであり、渓流釣りが自分の知る限り最も自然にどっぷり浸かれる方法だからなのでしょう。

やはり、都会のサラリーマンは日常とは違う空間と時間を求めてしまうもので、その日常と一つの対極にあるのが自然の中なのでしょう。悩み事やストレスなど小さなものとさえ感じてしまう雄大なる自然のスケールと時間の流れの中に身をおくことの爽快感、そんな時間を共に過ごせる家族や仲間がいることの幸福感を得ることが、私のとっての渓流釣行の目的と言えそうです。 また、人間は本能的に原始的な自然の中に身をおくことが最もリラックスできることを知っているのでしょうか、東京近郊の自然では満足できず、原始的で圧倒的な自然を求め、北の地まで足を運んでしまうのです。

なにやら精神論めいたことを書いてしまったところで、カナダにいるのに日本の自然の話ばかりしてしまったことに気付きました。自然といえば寧ろカナダ、カナダといえば大自然というイメージですが、あらためて考えますと、日本の自然も規模はともかく、その険しさ、繊細さ、趣、生物の多様性においては引けを取らないと思います。日本の自然、何となく恋しく思えてきました。 、これほど渓流釣りの魅力に取りつかれながら、カナダにおいてはまだ川に足を踏み入れることができていません。カナダに駐在していても、仕事に費やす時間や仕事から受けるプレッシャーはジャパニーズスタイルです。心の栄養補給のために、今年はぜひカナダで理想の渓流釣行を追い求めたいと思います。



なお、次回はクボタメタルの藤井様にお願いします。



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