Mannma Mia !  新登場 女性コーナー




親子でカナダ移住生活
秋山智亜紀さんとお母様の福英さん


インタビュー:石橋ともこ


今回はトロント郊外でTaro's Fishをご主人と経営されている秋山智亜紀(ちあき)さんと、お母様の柳瀬福英(ふくえ)さんにお話をお伺いして、インタビュー形式にさせていただきました。

いつもお魚を買いに行くと、忙しそうにきびきびと働かれている智亜紀さん。

1994年に日本からお母さまを呼び寄せ、ご一緒に暮らされているということでその生活ぶりをお伺いしました。

筆者:お母様は、どのようなきっかけでカナダに移住の決心をされたのですか?

福英さん:もともと日本でとても仲良かったお友達が日系2世の方で彼女がカナダに戻ったあとも、連絡を取り合っていて、そもそも娘がカナダにワーキングホリデーに行ったのも、その彼女がきっかけでした。娘がカナダに引っ越して結婚したあと、「子供ができたら、おばあちゃんのそばにいれるってやっぱりいいと思うし、面倒見に来てくれないかな?」と気軽に頼まれ、近しい友人もいることだし、「それもいいかな。」とこちらも軽い気持ちで、承諾しました。そしたら、95年から移民法が変わるかもしれないから94年中に入国しておいた方がいい、とせかされたため、話が急展開して3カ月くらいでバタバタと身の回りの整理をしてカナダに来ました。

私は神戸出身なのですが、そうしたらなんと、私がカナダに来た直後に、神戸で例の大震災が起こったのです。しかも被害が一番多かったのは私が住んでいた長田区だったのです。私が住んでいた家もひどい被害を受け、となりの家はぺちゃんこになったそうです。知人が12人も亡くなり、もし、その時、まだ日本にいたらどうなっていたかわかりません。住む家はもちろん無く、その時点ではたとえカナダに来ようにも身動きが取れなかったと思います。とにかく日本の友人、親戚からもカナダの友人からも「良かったね、良かったね、命拾いしたね」としきりに言われ、新しいカナダでの生活に対して、心と気持ちを切り替える機会となったのは確かです。

筆者:カナダでの生活はいかがですか?

福英さん:今年で12年目になりますがこっちにきて健康になりました。めったにお医者さんにもかかりません。来た当初はもみじセンターで英語をちょっと習いましたが…英語は全く話せません。でもとにかくこっちに来て良かったと思います。日本だと親戚や近所づきあい、冠婚葬祭などいろいろわずらわしいことがありますが、こちらのお付き合いはもっと簡単です。お友達もたくさん出来て、仏教会、もみじセンターなどでカラオケ、踊りなどと忙しくしております。

筆者:一日の様子を教えてください。


福英さん:毎朝6時45分に起床して、朝食、太郎さん(娘の智亜紀さんのご主人)のお弁当作り、孫たちの学校に行く準備をします。お出かけする日は9時半にお友達がお迎えに来て、帰宅するのは4時前、その後、夕ご飯の支度をします。お出かけしない日は掃除、洗濯など家事をしてます。私は運転ができないので買い物は歩き、地下鉄/バスを使います。まいごになる不安は全くなく、自由にどこでも行けます。まいごになったら来た道を戻ればよいのですから。前はミササガに住んでいたので、たまにここ(マーカム)からスクエアワンまで遠出することもあります。

筆者:日本が恋しくなることはありますか?

福英さん:全くありません。日本の友人とはしゅっちょう国際電話もできますし、ジャパンテレビもあるので、退屈もしませんし、寂しくもなりません。この12年間の間、一回だけ家族皆で帰国しました。これもまた運命のいたずらかもしれませんが、なんと2001年9月11日の便だったのです。結局、トロントからバンクーバーに向けて1時間飛んだ時点で飛行機がトロントに引き返し、その時は帰国できませんでした。でもせっかく日本へのお土産をたくさん買い込んでいたので、再度トライということで、10月に帰国しました。神戸に行ったときはまだ復興中で、変わり果てていたのでショックでした。皆、お友達はすごい思いをして生活していたのに比べて、私はカナダで楽しんでおり、罪悪感を感じました。

筆者:智亜紀さんにとっては、お母さんがそばにいらっしゃっていて一番嬉しいことって何ですか?

智亜紀さん:やっぱり一番は子守をしてもらえることです。週末、夜なども仕事が忙しければ、専念できますし、母がそばにいることで子供たちはとても優しい心を持って育ってくれていると思います。子供たちはとてもおばあちゃんが大好きで大事に思っているのがわかります。夜も息子二人はおばあちゃんと寝たがり、いつも3人で一緒に寝ています。

福英さん:孫たちはたしかにとても優しいので、孫といつも一緒にいれるのはとても幸せだと思っています。

智亜紀さん:たまに甘やかしすぎることもあり、そんなときは親子ゲンカしてますけど(笑)。

福英さん:そんなときは太郎さんが仲裁に入ってくれて、二人で娘の愚痴をこぼしてます(笑)。太郎さんも子供時代、おばあちゃんと育ったようでとても優しくしてくれます。

智亜紀さん:私も主人もそれぞれ祖父母と同居して育ってとても良い思い出があるので自分たちもそういう環境の中で子育てをしたかったのです。私が母を呼び寄せたいと主人に相談したときもすぐ賛成してくれて、また主人のご両親も気持ちよく応援してくれました。そういう親戚、家族のサポートもあったので、今、皆で仲良く過ごせるのだと思います。もちろん将来、母が年老いて、言葉の通じないカナダでボケたらどうしよう、とか考えますが、逆にかえって一緒にいてあげることができるので安心です。唯一、母がここにいて残念なことは日本に帰っても「帰れる場所」がないことです(笑)。

<筆者の感想>「日本に戻りたいと思ったことは一回もありません。」と仕切りにおっしゃっていた福英さん。今月73歳になられるとはとても思えない、若々しい方で、お孫さんたちの話になると、とても嬉しそうな笑顔たっぷりの表情がとても素敵でした。

また智亜紀さんのお母様に対する感謝といたわりの気持ちも良く伝わってきて、とてもなかむつまじい親子なのだと確信しました。母国の両親、親戚をスポンサーして呼び寄せる移民が多い中、日本人では意外にそのケースが少ないと感じます。やはり老後、住み慣れた国、友人、衣食住から全く違う環境に移り住むのは容易なことではありませんし、とても勇気のいることだと思いますが、ご家族や回りのサポートと冒険心があれば、それはそれはご本人にとっても呼び寄せる家族にとっても得られるものは膨大で、近年、失われがちな真の家族の絆を築くまたとないチャンスなのだとしみじみと感じました。

戻る