Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう




カナダの通貨のデザインになった初めてのカナダ人
義足のマラソンランナー、テリー・フォックス





フリーランスライター 三藤あゆみ


2005年に造られた1ドルコインに描かれたこの人は、ガンで片足を失いながらも、カナダ横断マラソンに挑戦、ガン治療研究に寄付するための莫大な募金集めに成功し、22歳でこの世を去った、テリー・フォックスである。フォックスは、1999年に「カナダで一番有名なヒーローは誰だと思いますか?」というインターネット調査で1位に選ばれている。意外なことに、カナダの通貨コインにカナダ人が登場したのは、これが初めてなのだそうだ。

1977年、当時18歳だったフォックスは学校でバスケットボール選手として活躍する元気な青年だった。しかし、バスケットボールの練習中に膝が痛むのが気になりはじめ、念のため病院で検査を受けたところ、骨のガンが発見される。熱中していたバスケットボールができなくなるのはつらかった。しかし、それ以上に彼を失望させたのは、骨肉腫の患者が助かる率は当時の医学だとわずか2〜3割とされていたことである。

しかし、入院中に他にも多くの人がガンに苦しんでいるのを知り、小さい子どもまでが亡くなっていくのを目の当たりにするうちに、手術で足は失ったが生きている自分に何かできないだろうか、と考えるようになる。 ちょうどその頃、テレビのニュースで、義足のランナーがニューヨークマラソンに出場しているのが報道された。偶然それを見たフォックスは、リハビリとトレーニングに励み、自分もマラソンに挑戦しようと決意したのである。

目標は、走ってカナダを横断することと、ガン治療研究に寄付するための募金100万カナダドルを集めることだった。彼はプロジェクトに「マラソン・オブ・ホープ(希望のマラソン)」という名をつけて、準備のトレーニングをはじめた。当時は義足が今のように使いやすく改良されていなかったこともあり、周囲の人々ははじめ、無茶な計画に反対したが、必ずできるという彼の固い信念に動かされる。

フォックスはスポンサーを自から見つけ、手術の3年後、ニューファンドランド&ラブラドール州のセント・ジョンから、8000キロを超える距離のマラソンをスタートした。

募金の目標額100万カナダドルは、当時のカナダ住民全員が1ドルづつ寄付してくれれば達成できる、という計算だった。毎日約40Kmを走りつづけながら、募金をよびかける。はじめのうちは、彼を勇気付けてくれるコミュニティもあれば、無関心であまり相手にしてくれない町もあったそうだ。しかし、フォックスの走る姿がテレビのニュース番組で報道されはじめると、カナダ中の人が彼を応援するようになる。到着する街ごとに人々が外に出て彼を待ち、応援してくれるのが大きな励みになったという。

1980年9月、走り始めて4ヶ月、風邪のような症状が続いていたのだが、オンタリオ州サンダーベイに到着後ついに倒れてしまう。そのまま入院となり検査を受けると、ガンが肺に移転していた。5372Kmまで走ったところで、カナダ横断を断念する。

フォックスについてマスコミが大きく報道すると、彼の思いと行動力に心を動かされたカナダ人たちが次々と寄付を送りはじめた。目標の100万ドルをはるかに超える1000万ドルが集まった。それから約一年間、彼は闘病生活を続け、22才の若さで亡くなる。募金額は、彼が亡くなる寸前には2430万ドルに達していたそうだ。

テリーフォックスの意志を継いだ、「テリーフォックスラン」の募金マラソンは、今では日本も含めた世界58カ国で、毎年開催されている。



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