
Who's
Who Canada−著名カナダ人を知ろう
ハイチ難民で差別と貧乏に耐えた少女時代
CBCジャーナリストからカナダ総督に
カナダ総督 兼カナダ軍最高司令官 ミカエル・ジャン (Michaelle Jean) 1957-
フリーランスライター 三藤あゆみ
今年の7月1日で、カナダは建国140周年を迎え、首都オタワをはじめ各地でお祝いのイベントが開催されました。
建国記念日には、たいていの国で国家元首が国民に向けてスピーチを行います。
国家元首といえば、アメリカならジョージ・ブッシュ大統領、胡 錦濤(こ きんとう/フー・ジンタオ)主席ですが、カナダの国家元首は誰でしょう?
・・・と聞かれると、カナダの住民でも、答えに迷う人がけっこういるそうです。だいぶ前のことですが、お隣の国アメリカの主要紙、『ニューヨークタイムス』でさえも間違って、「カナダの国家元首、クラーク総督が・・・」と書いてしまったという事件もありました。
そうです、カナダの国家元首は、カナダ女王陛下つまりエリザベス2世です。しかし、女王陛下は実際にはカナダで公務をしていないので、カナダ総督が女王代理として実質上、公務を果たしています。読者の皆さんは、今年、就任して2度目の、建国記念日スピーチを行った、ミカエル・ジャン総督の姿をご覧になりましたか?
彼女は、歴代3人目の女性総督。何かとマスコミの話題をさらう人でもあります。初めての黒人カナダ総督で、現在世界で2番目に貧しいとされる国ハイチからの難民だった、CBCのジャーナリストとしてさまざまな活動をしていた、総督になってしばらくの間フランスとカナダの二重国籍を持っていた、そして、過去にケベック独立に関する映画に出演してカナダの分裂を願うようなシーンを演じた・・・など、いろいろと複雑で興味深いバックグラウンドの持ち主であるからでしょう。
ミカエル・ジャン氏は、1957年9月6日 ハイチのポルトープランスで生まれました。当時、ミカエルの父ロジャーは、哲学者で、プロテスタントの学校の校長をつとめており、数少ないエリート階級に属していました。その頃ハイチはデュバリエ大統領の軍事独裁政権下で、言論・思想がかなり弾圧されていましたが、反体制派のミカエルの両親は、学校でデュバリエ大統領に忠誠を誓うような教育を娘に受けさせたくないという思いから、彼女を小学校には行かせず家で勉強させていたそうです。
しかし、1965年、ミカエルの父はついに国家秘密警察に逮捕され、くり返し拷問を受けることになります。1967年になって、なんとかカナダに脱出した父は、難民として受け入れられ、その1年後に家族をケベック州に呼び寄せました。ミカエルは、当時11歳の少女でした。ハイチからカナダに逃れるのに成功した一家は、採鉱の町セトフォードに落ち着きます。父ロジャーは、そこでカレッジの教師の職を得ますが、精神不安定な状態がひどくなってゆき、だんだんと暴力的になり、ついには家庭崩壊の日がやってきます。
ミカエルは、母と妹とともにモントリオールに引越しました。父親とは断絶し、3人だけで地下の部屋を借りて住み、貧しく辛い日々が続くことになります。転入先のモントリオールの学校では、肌の色が黒いミカエルを差別したり、からかったりする子どもたちは少なくありませんでした。「おまえ黒くて汚いから、家に帰って風呂にはいれ」などといわれた経験もあると、総督本人がテレビのインタビューで話していたことがありました。
何年も工場で働いたり、精神病院の夜勤などもしたりしながら、子どもたちの教育に熱心だった母の努力のかいもあって、ミカエルは優秀な成績で高校を卒業、モントリオール大学に入学します。
それから数年後、ミカエルは奨学金を得て、イタリアのフィレンツェ大学など外国の大学でも言語学や文学を学び、5カ国語を話し、女性のためのシェルターや移民支援の組織で働くなど積極的に社会に貢献する才女に成長していました。
ミカエルのジャーナリストとしてのキャリアが花開いたのは、かつて父を弾圧した独裁者デュバリエ大統領の後を継いだ、同統領の息子の政権下にあるハイチを再訪したのがきっかけでした。ミカエルが現地でインタビュー調査し制作した、ハイチの女性をテーマにした作品を見たナショナルフィルムボードのプロデューサーが、彼女を1987年のハイチ選挙の報道のりサーチャーとレポーターとして抜擢したのです。
それをきっかけに、ミカエルは、フランス語圏カナダで初めての黒人TVニュースキャスターとなります。そして、さまざまな媒体を使った活動を続け、ジャーナリズム分野の賞をいくつも受賞することになります。90年代終わりには、英語圏でも、CBC のNewsworldのドキュメンタリー、「The Passionate Eye」 や「 Rough Cuts」の番組の顔として知られるようになっていました。
ミカエル・ジャンが、27代目カナダ総督に指名されたのは、2005年の秋。ジャーナリストとしてのキャリアもピークに近づいた頃でした。
現在、カナダ総督公邸リドーホールに住み執務をとるミカエル・ジャンは、夫であるフランス出身の映画監督、ジャン・ダニエル・ラフォンドとともに、ハイチからの養子で家族に加わった娘を育てる母親としての役目も果たしています。今では、父親とも和解した彼女、今年のカナダースピーチで「Have dreams!」との力強いメッセージを国民におくりました。ミカエル・ジャン総督の人生を知ったら、さらに感動しませんか?
≪著者プロフィール≫
三藤あゆみ
フリーランスライター/翻訳家。日本の高校卒業後イギリスへ渡り、後にトロントに移住。トロント大学卒(心理学、東アジア学専攻)。埼玉県生まれ。 |
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