リレー随筆

 

一年が過ぎて




勅使川原 徹 (カナダ日本通運株式会社)



カナダでの家族との生活が一年が過ぎようとしています。

家族と赴任している方々はどなたも教育問題について、何らかの不安を多少なりともお持ちではないでしょうか?

日本ではゆとり教育と称して年間教育時間を減らして、子供の自主性を尊重して、さまざまな校外学習などに減らした分の時間をあてる教育政策がしばらく続いてきました。これと同時に近年は、教育を学校に任せきりにする家庭があるかと思えば、学習塾や習い事に通わせることに重きを置く家庭も多く、教育に対する家庭の姿勢が両極端のように見受けられます。習い事に関してはメディアでも多く取り上げられて、日本ではひとつの大きな産業となっています。

カナダの教育はどうでしょうか?あまりにも比較対照の基準が違う?
いや、多くのバックグラウンドをもつさまざまな人種がいて比較対象にならない?

しかし子供たちは、この全く異なる単純に比較することができないような、教育方針もことなる学校環境に突然に飛び込まなければならないわけですから、大人たちが日本から持ち込んで行う仕事の変化より、子供たちの転校による環境の変化のほうがはるかに大きいとのではと感じています。

日本の学校では、宿題を含めて与えられた課題をを生徒全員がきっちりとこなすことを重要と考え、ほとんどの子供たちがこれに応じています。これが単一民族である日本が画一教育、生徒全員の平均的なレベルのキープを教育の柱として成長して、現在の日本の産業を支えているのは事実です。

一方、カナダ(トロント近郊)ではひとつのクラスに5カ国、いや時には10カ国を超えるさまざまの人種が在住地域という括りでひとつのクラスを構成していて、実質は全員に同じレベルの課題を行うことがほぼ不可能ではないかと思われます。

日本人の子供たちにはカナダへ転校以後、学校環境に慣れたとしても、学校で、このでこぼこの生徒たちに毎日接すること自体が気になり、ときにはストレスに感じることがあるようです。しかし学校側ではシリアスな問題もさほど抱えていない(感じていない?)ように見受けられ、毎日の授業がスムーズ行われていています。この一見、何事もなくスムーズに行われている教育現場ですが、短いながらもカナダの国創りの歴史から得たスキルが隠されているのではと思っています。

日本でも近い将来、高齢化や人口の減少により、どのような形であれ外国人の在住数が増え続けるのは間違えなく、その人たちの国の一番の文化である外国語を習得することも重要ですが、これからはこれらの人たちへの日本人ルールの強要ではなく、さまざまな外国人の文化を受け入れ、これと接するスキル、多様性を自然と受け入れるスキルを育てることが日本人にとって大切ではないのでしょうか。

ここカナダでは教育現場のみならず、社会の中で個々のバックグランドを認めつつ、多様性を纏め上げる(纏め上げる為に努力する)ことが国創りの基本であり、これらからカナダ人の日本人とは少し色のちがう優しさや思いやりが覗えます。

カナダは3回目の海外赴任の国となりますが、ここでは家族全員でカナダの持つ多様性と寛容性に触れながら、真の国際という意味を考えていきたいと思っています。

 

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次号のリレー随筆は、カナダ日本通運株式会社 佐藤 洋さんにお願いしました。


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