Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう



カナダのカリスマ科学者


ディビッド・スズキ博士 (Dr.David Suzuki)
1936-


Dr.David Suzuki


フリーランスライター 三藤あゆみ


生命科学や環境問題を子どもにも分かりやすく説く、カナダ国営放送(CBC)の人気番組「Nature of Things with David Suzuki」の司会として有名な、ディビッド・スズキ博士。

スズキ博士は、ブロードキャスター、環境保護運動家、遺伝子研究者、教育者として様々な功績をあげ、カナダ国内最高の名誉とされるカナダ勲章(Order of Canada)、また、国連の環境プログラム勲章などを受けています。専門的な研究や活動が評価されているだけではなく、一般市民のあいだで人気の科学者で、Greatest Canadian トップ10にも選ばれています。

1936年、日系二世の両親のもとバンクーバーで生まれたディビッドは、アウトドアが大好きだった父親に連れられて、幼少の頃からキャンプや釣りによく出かけ、自然や動物の生態に深い興味を持ちました。第二次世界大戦中、カナダの日系人強制移動で収容所生活を経験しますが、収容所の中の小学校でもいつも成績優秀で、飛び級をするほどでした。

バンクーバーの家や財産を政府に没収されてしまった両親は、クリーニング店のビジネスも失くしてしまい、終戦後、一家はオンタリオ州へ引っ越すことになります。
当時のオンタリオ州では、日系人や日本人を見かけることはほとんどありませんでした。英国系やヨーロッパ諸国出身のカナダ人ばかりで、アジア系といえば中国人のコミュニティがありましたが、公然とした人種差別や偏見がまだまだ多い時代でした。そんな状況の中、日系カナダ人というと学校でも異色の存在でしたが、デイビッドはそこでもまたトップクラスの成績をおさめ、生徒会長に立候補して選出されるなどカリスマ性を発揮していたようです。

また、あい変わらず冒険心いっぱいで自然の中で過ごすのが大好きだったデイビッドは、休みになるとポイントピーリーやロンドン郊外の沼などに探検にでかけていたそうです。

日系人の多くがそうだったように、デイビッドの両親もたいへん子どもの教育に熱心でした。学校の勉強ができるだけではなくて、人前でうまくスピーチをすることやリーダーシップもある活発で人望のあつい人間に育てようと力をそそぎました。子どもの頃、父親が「ダンスが上手に踊れて、人前でうまく話せるようにならなくちゃダメだ」といったのが印象的だったそうです。「ダンスがヘタなのと人前に出るのが苦手なのが多くの日系カナダ人の欠点だよ」とスズキ博士が笑いながらインタビューに答えていたことがあります。

高校を卒業すると、試験で高得点を収めたデイビッドは多額の奨学金を得て、アメリカ、マサチューセッツ州のアマースト大学に入学。生物学を専攻、後にシカゴ大学の大学院で動物学博士号を取得しました。

アメリカの国立研究所、アルバータ大学で、生物学、遺伝子研究などのキャリアを経て、33歳の年には異例の若さで教授となっていました。カナダ国営放送のテレビ番組「 Nature of Things with David Suzuki」がスタートしたのはそれから間もない1971年のことです。学者がテレビに出て芸能人やジャーナリストのような活動をすることを学界では嫌う人もいましたが、スズキ博士は、人類すべてに関わる自然や環境についての問題を、大きな影響力を持つテレビを使って、子どもたちや一般の大人にも分かりやすく伝えるのは大切な役目だという考えを持ち続けています。

英国BBCのシリーズ「The Secret of Life」や、アメリカのディスカバリーチャンネルのための番組なども好評を得ました。著作活動のほうも積極的に行い、子供向け、一般向け、少し専門的なものと、あわせて34冊の本を執筆、科学専門誌の記事は100本以上執筆しているそうです。

「 Nature of Things with David Suzuki」が放送40周年をむかえたときは、広告で「自然に帰る」というコピーとともにイチジクの葉一枚以外真っ裸でポーズをとったことで、また話題を呼びました。「ドクタースズキは、 あれじゃ学界での成功がいっぺんにだいなし」と囁く人々もいましたが、いまだに司会としての人気も視聴率も揺るぎないものがあります。カール・セーガンと同じような役割を果たす、貴重な科学者ともいわれています。

現在、スズキ博士は、妻のタラ・カリス博士と子どもたちと共にバンクーバーに住み、3人の孫たちの「おじいちゃん」でもあります。そして、多忙な中、暇をみつけては魚釣りやキャンプ、自然探索に出かけるのを楽しんでいるそうです。



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