
リレー随筆
アフリカ巡業で得た、開拓者精神

ガボン
多田 浩志 (ヤマハカナダミュージック)
都立駒込病院。
いつもの小児科の前の廊下で予防接種の順番待ちをしていた。「ただひろしく〜ん、どうぞ〜」また間違えたか・・・。
診察室に入って予防接種を受ける。今回の接種は肝炎と破傷風。アフリカ出張前の準備だ。今日の先生は何やら全国でも有名な狂犬病研究の第一人者らしい。駒込病院は、感染症研究・治療で有名な病院だが、いつも疑問に思う。何故、予防接種は「小児科」なのか。
看護師に子供と間違えられるのにも慣れたが・・・。
黄熱病、破傷風、A型肝炎、B型肝炎、マラリア、アフリカに行くには特に気をつけなければならない感染症。黄熱病は1回の接種で10年有効、破傷風と肝炎は出張前に予防接種、マラリアは予防薬を服用するが日本では薬の処方が限られているので、毎回アフリカに入る前にパリに立ち寄り薬を購入する。マラリアといえば、あのアレクサンダー大王、平清盛、大航海時代のヴァスコ・ダ・ガマもマラリアに感染して亡くなっているという話。
ヤマハに入る前職当時、私は大手文具メーカーに勤務していた。
フランス駐在5年を終え帰国すると、海外現地法人の無い地域の販売担当となり、アフリカ地域を担当する事となった。「多田君、フランス語大丈夫だよねえ」という上司の声、アフリカ独立国53カ国のうち25カ国はフランス語を公用語としているためか。
「世界の人の手に」という企業スローガンのもと、アフリカ地域にも輸入総代理店を置く。たった一人で新製品サンプルを持ち1年に2度各国を巡業し商談。受注を行い帰国すると自ら船積みを手配し支払い決済までを管理。まさに命がけで巡業するアフリカ商人である。
1回の出張でフランス海外県のレユニオンを含む12カ国1海外県を訪問するわけだが、
1カ国あたり少なくとも2、3日は滞在する為、最低1ヶ月間のアフリカ滞在となる。
アフリカへの入国はいろいろなルートがあるが、マラリア予防薬を購入する事もでき、
アフリカ地域への航空便が多いという理由からパリ経由を選ぶ。更にパリにある現地法人を出張サポート基地として活用できる、という利点もある。
巡業ルートはエジプトから始まり、チュニジア、モロッコ、セネガル、コートジボワール、カメルーン、ガボン、南ア、マダガスカル、モーリシャス、レユニオン、ケニア、
セイシェルというアフリカを1周するルートだ。まるで大航海時代の航海士のようである。今の時代、まさか船では行かないが、横の空路が少なく、しかも便も限られているためにスケジュールを組むのが難しい。
アフリカは大きく分けて、北アフリカ文化圏、西アフリカ文化圏、東アフリカ文化圏に
分けられるが、北アフリカはアラブ文化が濃く、いわゆるブラックアフリカ地域とは
人も文化も異なり商売上手である。一方、ブラックアフリカでもインド人が多い国では
インド商法というか独特の商売手法を持っていて、これまた商売上手。そういった地域へジャパニーズビジネスマン的精神で乗り込むので、まさに真剣勝負である。当時、リゲインという飲料製品のテレビCMで「リゲインのテーマ」が流行っていたが、今の自分にピッタリだな・・・と苦笑していたものである。
アフリカ最南端は?と聞かれると、「喜望峰」と答える人が多いかも知れないが、実は
そこから東南東へ約150キロ離れたアガラス岬がアフリカ最南端。そこまで行く機会は
残念ながら無かったが、喜望峰とその近くのケープポイントという岬に立ち寄る事ができた。ここは2つの海、つまり大西洋とインド洋を一度に見る事が出来る場所だ。喜望峰のほうは、1488年2月3日、バルトロメウ・ディアスが到達。後のヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓の足掛かりとなった。この航路開拓はヨーロッパ諸国がイスラム商人を介さずに直接インドと商売が出来るきっかけとなった大偉業である。自分の行っている仕事はまさにアフリカ市場開拓。気持ちは15世紀の偉人であった。
命に関わる危険な事には幸いながら遭遇しなかったが、アフリカならではの苦労もあった。マラリア感染地域ではホテルの部屋に入るとまず蚊取線香をたき、蚊がいないかをチェック。寝る前には虫除けスプレーを肌に吹きかけ1週間に1度はマラリア予防薬の服用。
強い薬のせいかこれがまた胃に負担をかける。水や氷には気をつけ、衛生的に安全な国
以外では生野菜は食べず、極力火の通ったものを摂る。
移動の際の航空機も、世界各国で使い古した機材が多いためか、席のリクライニングが壊れているものもあり、機内では念入りに殺虫剤がまかれる。空港で予定時刻に飛行機が到着せず、12時間待ちも経験した。飛行時間が1時間弱、乗客も少ないのに何故か機材はジャンボジェット機のボーイング747、おかげで席が横1列自由に使えた。そして、カサブランカの空港では、滑走路にタッチダウンをする直前、気持ちはすでに着陸だったのに突然急上昇!周りは霧で上手く着陸できなかったらしいが、この時ばかりは完全に死ぬと思った。
コートジボワール空港での出来事。
入国通関で荷物検査をしているのは軍人。拳銃とライフルを持ち迷彩服を着ている。
スーツケースを検査しているが、何やら検査半分。いつものあれかと気づき、予め用意してあるボールペンを3本渡すと、ニヤリ。これで終わりかと思いきやカーテンで仕切られた部屋に来いと要求され、そこで話し始めたのが親兄弟の話。つまり「もっとくれ」という事だ。アフリカンの聞き取りにくいフランス語であるが、直接的な言葉で要求しない。
仕方無く全部でボールペン10本を贈呈。すんなり入国検査は終わった。
ところが外に出る自動ドアの前にまた別の軍人。またか・・・。カーテンで仕切られた部屋に連れて行かれ、今度は「何かあるだろ」と言われる。5ドルを贈呈。贈呈というより立派な恐喝である。全て巻き上げられなかったのが不幸中の幸い。やっと外に出られたと思えば、今度は10人以上の人が私の周りに群がってきて、荷物を持たせろと要求。チップ目当てだ。取引相手の輸入代理店のフランス人が迎えに来るはずなのだが、まだ来ていないようだ。とりあえず10人一列に並ばせて一番ケンカが弱そうな人を選び荷物を持ってもらう事に。2ドル贈呈。ここまで入国検査場からわずか数百メートル。前に進むのが一苦労である。
待つ事約15分、やっと迎えが来て代理店に向かう事ができた。
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| マダガスカル(固有種のワオキツネザル) |
マダガスカルの話。
マダガスカルは、世界の動植物学者のあこがれの国。そこにしかいない珍しい動植物が生息する。童謡で有名なアイアイやワオキツネザルもマダガスカル原産である。アイアイは夜行性で容姿が怪しい。学会で発表されてから半世紀近く経って、やっとサルの仲間とされたとか。マダガスカルにはいわゆるサルの先祖の原猿と言われる動物が種類多くいるらしい。不思議な島である。アフリカ大陸から約400キロしか離れていないのにアフリカとは全く違う。ここはアジアか?といった具合だ。大昔にインド亜大陸から地殻変動で分離し、アフリカ大陸の東南に定着したそうだ。
マダガスカルの主食は米である。マダガスカル空港から車で首都アンタナナリボへ行く
途中には水田が広がり、牛が耕している。しばらくぶりの「田んぼ」に感動。日本が
懐かしく思えた。人を見ると黒人ではなく何となくインドネシア人風で明るい。
しかし、人々の生活は貧しく、ホテルに行く途中で車の中から外を覗くと、道端に自分達で小さな家を築き、子供達がせっせと忙しそうに家事をしている。親は働きに出かけているのだろうか。年寄りも杖をつきながら藁を編んでいる。そういった人々の生の生活の光景が繰り返し目に入ってくる。テレビを通してではない現実の世界。貧しくても一生懸命働き1日を精一杯生きるひたむきな姿に感動を覚える。豊かな国で暮らす自分達は彼らのように毎日をムダにせず生活しているだろうか、と考えさせられる。
人類発祥の地、アフリカ。
「アフリカを見た人でないとアフリカの素晴らしさは理解できない」と先輩から教わった。移動の際に飛行機から見た大陸に沈む太陽、野生動物の雄大さ、休日に立ち寄った喜望峰、世界でも珍しい動植物が棲むマダガスカルでの感動など。危険を背にしながらも、プライベートではなかなか行けない国で仕事をし、未知の世界で異なる価値観に触れることができた得難い貴重な経験であった。
子供の時、出生地高知の桂浜で黒潮の流れる広い太平洋を望んだ。大航海時代、喜望峰に立ちインドを遠くに見たディアスやヴァスコ・ダ・ガマもきっと広い海を見て大志を抱いていたに違いない。
今、私はカナダでヤマハの製品を販売する業務に携わっているが、前職でのアフリカ巡業で得た開拓者精神は、現在、そして今後の業務にも大いに役に立つであろう。優れた製品と音楽を通して世界の人々に感動を与えて行きたいと思っている。
次号のリレー随筆は、カナダ三井住友銀行
小野 祐介さんにお願いしました。
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