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今年トロント映画祭で最高賞を受けた監督


デヴィッド・クローネンバーグ(David Cronenberg)
1943-


David Cronenberg


フリーランスライター 三藤あゆみ



今年のトロント国際映画祭で最高賞のピープルズ・チョイス・アワードを受賞した作品『イースタン プロミス/Eastern Promises』の監督、デヴィッド・クローネンバーグは、本人も認めるトロントを愛する生粋のトロントニアンです。

クローネンバーグ監督は、80年代から90年代中ごろにかけて『ザ・フライ』や、『エム・バタフライ』など日本でもヒットした作品を撮り、映画界でも一般からも注目を浴びていました。しかし、その後は、ヨーロッパの映画祭で芸術性や哲学性においては高い評価を受けながらも、興行的にはなかなかヒット作がでず、あまり派手に取り上げられることもありませんでした。ところが、2005年に作った『ヒストリー・オブ・バイオレンス』などで昨年あたりからまた話題を呼び、今年はついにトロント映画祭の最高賞に輝いたというわけです。

クローネンバーグは、1943年、トロントのジャーナリストである父とピアニストの母の間に生まれました。リトアニア出身のユダヤ系カナダ人の家庭です。親の影響を受け、子どもの頃から音楽と文学に興味を持ち、読書家で、自分でストーリーを書いたりギターを練習したりいていたそうです。トロント大学に入学してからは生物学を勉強しはじめましたが、途中で英文学専攻に変更、時間のある時には小説も書き続け、短編小説で賞をとるなどしました。

映画作りを始めたのは、ヨーロッパを旅した後トロントに戻り、トロント大学の大学院に進んでからのことでした。友人に影響され、大学の施設ハートハウスにある機材をレンタルするなどして60年代半ばから16mmで短編映画を撮りはじめました。70年代も映画やビデオを撮り続け、数年の間フランスなど再びヨーロッパで暮らします。その後、トロントでテレビ作品をいくつも手がけ、劇場映画の監督としてもデビュー、本格的に監督のキャリアを積み上げていきます。しかしその頃、最初の奥さんとの離婚で、娘のカサンドラの親権を派手に争い、私生活のほうはさんざん。

80年代は、彼の作品がアンディ・ウォーホールなどの芸術家から高く評価されるようになり、カルト的存在になっていきます。リメイク映画で、日本でもヒットしたホラー映画『ザ・フライ』(1986)がアカデミー賞の特殊効果賞を受け、幅広いオーディエンスを獲得するようになりました。この作品は、来年2008年にはオペラ化がほぼ決定しており、本人が舞台監督をつとめる予定だそうです。

ハリウッド的なメジャー路線の商業映画を監督するのは嫌い、制作費調達にはなかなか苦労してきた監督ですが、哲学を持ちインテリジェントなアーティストとして評価され常に彼を崇拝するファンを抱えています。日本では、クローネンバーグ映画に出てくるホラー系のグロテスクなキャラクターや生き物の蝋人形を展示するギャラリーができたり、コレクターもいてヨーロッパの評価とはまた少し違った質の人気を保っています。

クローネンバーグ監督は、2002年にオーダー・オブ・カナダ勲章のオフィサー勲章を受けました。もちろん、「カナダ名声の歩道」(Canada's Walk of Fame)にも名前が刻まれています。世界で活躍するようになった今も、監督は”愛する地元”であるトロントダウンタウン、アネックス地区にある高級住宅街に、二回目の結婚の妻(もと制作スタッフだった)キャロラインさんと共に暮らしています。



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