Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう



ルワンダで家族全員を亡くしモントリオールへ
いま日本で最注目の仏系カナダ人歌手


コルネイユ(Corneille)
1977-


Corneille


フリーランスライター 三藤あゆみ



カナダは国際的に有名な歌手やミュージシャンをたくさん生んでますが、なぜか世界的に大ブレイクする歌手は男性より女性のほうが多い。でも、最近、日本で大々的に売出し中で話題となっている、コルネイユというフランス系カナダ人のR&B・ソウルの若い男性歌手がいます。日本やアメリカでは、米の人気テレビドラマ『ドクター・ハウス』(異端天才医師が主人公、日本では“アメリカ版ブラック・ジャック”とも言われている)の主題歌で、コルネイユを知っている人も少なくありません。

もともとルワンダ出身の彼は、まだ記憶に新しい、あの1994年の大虐殺が起きた内戦の最中、首都ギガリに住んでいました。当時コルネイユは16歳でしたが、大虐殺の前触れのように起きた政党間の報復合戦で、自宅で家族全員が殺害されてしまいます。それでも彼だけは隠れて生き延び、ヨーロッパへ逃れるのに成功、その後モントリオールへ移住してきたというわけです。

歌手としては2004年ごろから、カナダやヨーロッパではすでに有名でした。今ではフランスだけでも100万枚以上アルバム売上げがあるそうです。ユニセフの親善大使、カナディアンレッドクロス(カナダ赤十字)のスポークスマンをつとめるなど、人道支援活動でもカナダの顔となっています。

コルネイユは、両親がドイツの大学に研究生として数年留学していた間の1977年にフライブルグで生まれました。小さい頃からスティービー・ワンダーやナット・キング・コール、プリンス、マイケル・ジャクソンなどを聴いて育ち、13歳の時にすでに将来は歌手になると自分で決めていたといいます。音楽を愛する両親もまた、息子が歌手を目指すのを熱心に支援していたそうです。

ドイツから帰国した直後の幼少時代はルワンダの田舎で過ごしたコルネイユは、後に家族と共に首都キガリに移ります。知的で国際的に活動する両親にかわいがられ、テレビ局の音楽コンテストで決勝に進出するなど将来の夢に一歩すつ近づきつつ、恵まれた少年時代を過ごしました。ところが、1994年、80〜90万人が犠牲となった大虐殺が起きた(リンク:http://www.torontoshokokai.org/trillium/200502/-who_0502.htm)内戦で、家族全員を亡くしてしまいます。

彼の父親エミールは、学者、教師、公務員などの知識人が多い野党の社会民主党リーダーで、ほかの政治家暗殺に関与していたなどの噂もあったそうです。ルワンダ愛国戦線側の攻撃対象者リストに名が載っていました。94年4月6日にハビャリマナ大統領が暗殺されると(暗殺説が有力)、その翌日、愛国戦線幹部はコルネイユの父を含む百数十人の殺害命令をだし、両親と兄弟姉妹全員まで自宅に押し入った兵士に殺されてしまいます。しかし、コルネイユは隠れて逃げ切り、飲まず食わずの日々に耐えながら国外脱出に成功。両親が生前親しかったドイツ人夫婦が彼を養子として迎えいれてくれたため、新たな人生をスタートしました。

コルネイユはフランスで教育を受けた後、1997年にモントリオールへ移住しました。モントリオールの大学で勉強を続けるうちに、音楽への情熱が復活し20歳の時にハイチ出身の友人たちとバンドを結成。そして2002年、ついにソロアーティストとしてデビューアルバムをリリースします。

フランス語の曲だったこともあり、はじめはカナダ国内英語圏での反応はいまひとつでした。しかし、フランスでセールスが急上昇した後、再びカナダでプロモーションを展開、プラチナレコードを達成しました。

2005年には愛知万博でもカナダ代表の歌手としてステージに上り、その後は世界各地へのコンサートツアーを続けています。今年は日本で、初の英語アルバムをリリース、コルネイユは、日本で新たにスポットライトを浴びるカナディアンアーティストとなりました。甘く優しい声で彼が歌う『トゥー・マッチ・エヴリシング』は、携帯電話の着うた(着信音)にもなっています。



≪著者プロフィール≫
三藤あゆみ
フリーランスライター/翻訳家。日本の高校卒業後イギリスへ渡り、後にトロントに移住。トロント大学卒(心理学、東アジア学専攻)。埼玉県生まれ。
 


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