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リレー随筆

 

トロント - ボンバルディア - Q400


Q400:ANAむけ12号機。
2006年9月31日にトロント在住日本人を対象に実施した招待飛行時の撮影。

  北原  宏   (ANA・エアーニッポンネットワーク)



トロントでの生活もあっという間に2年の月日が過ぎてしまった。ANAに入社後、飛行機の整備士、生産管理、航空機の購入と売却、格納庫の建設など、飛行機と整備周りの仕事に明け暮れてきた25年であったが、突然カナダのトロントに赴任せよとの辞令を頂き、家族をつれてやってきたのが昨日のようである。

赴任の目的はここトロントのボンバルディア・エアロスペースで製造しているQ400という飛行機にある。このQ400、ANA(実際の運航はその関連会社であるエアーニッポンネットワークおよびエアーセントラルが担当)が2003年にYS-11の後継として近距離路線網の充実の為に導入した機体であるが、記憶に新しい高知空港での異常着陸(「胴体着陸」とは正式にはすべての車輪が出ない場合を言うのでこの場合は「異常着陸」)のほか、それ以前にも、引き返し、欠航、遅発などのトラブルが相次ぎ、お客様から大変なお叱りを頂戴することとなっていた。ボンバルディアとのコミュニケーションを密にし、製造時の品質向上や技術的対策の推進を図ることにより、この飛行機の信頼性を改善せよというのがここトロントでの私の使命である。

本稿ではこのボンバルディア社とQ400について簡単ではあるが、紹介してみたい。

ボンバルディア社は皆様ご存知のとおり、カナダで屈指の(というより筆頭される)重工業メーカーである。モントリオールに本社があり、航空機・鉄道車両・レジャー機材の3部門で構成されるが、その起源は1937年にモントリオールのジョセフ=アルマンド・ボンバルディアなる人物が小さな修理工場でスノーモービルを製造・販売することから始まった。人づてに聞いた噂話なので真偽のほどは定かではないが、冬場に救急車が間に合わなくて病死した息子の悲劇を繰り返さない為だとか、病気で歩けなくなった彼の妻に自走式の車椅子を作ってやったのがきっかけという美談も残されている。道路や除雪体制が整備されていない当時にあってはこの大型・多目的用途のスノーモービルは学校送迎、貨物輸送、救急車代わりに重用され、彼の会社は急成長することとなる。

事業拡大には消極的だった彼の死後、会社は1969年1月23日にモントリオールとトロントの証券取引所に上場して株式を公開、さらに翌年の1970年には鉄道車両に事業を広げていく。現在カナダ国内はもとより、ヨーロッパやニューヨークの地下鉄車両の大半がボンバルディア製である。

1986年、創設者アルマンドの義理の息子率いる経営陣は当時国営企業であり、カナダ史上最大の損失を計上した航空機メーカーであるカナディア社を買収しボンバルディア・エアロスペースを設立、航空宇宙産業に参入する。その後ショート・ブラザース、リアジェットなどのメーカーに続き、1992年には当時ボーイングの子会社であったデハビランド・カナダを買収するが、このトロントに存在した航空機メーカーがQ400を含むDHC-8シリーズの開発、製造を担当している。もしこのときにボンバルディアが買収していなければQ400はボーイング社製の飛行機となっていた可能性も否めない。

デハビランド・カナダは1928年にイギリスのデハビランド社が自社製品である飛行士訓練用の複葉機、モスシリーズを生産するためにカナダに設立した会社であり、大戦中は2,000機近くの練習機を生産し、英国連邦の飛行訓練生の大半がカナダで訓練を受けている。さらにもうひとつ大きな貢献は第二次大戦における最も優秀な戦闘爆撃機のうちのひとつとされるデハビランド・モスキートを大量生産したことである。このモスキートはエンジンや脚とその取り付け部以外の大半が木製(木材に特殊な薬剤をしみこませた強化木)で、強力なエンジンと軽量の機体のコンビネーションから生まれる無類の高速を売り物とし、当時撃墜不能と賞賛された。本家のデハビランドは世界最初のジェット旅客機であるデハビランド・コメットを開発したことでも知られており、こういった新技術・特殊技術を多用するのはデハビランドの伝統なのかもしれない。戦後はカナダの気候に適したオリジナルの機体も設計するようになり、DHC(De Havilland Canada)シリーズと称されるこれらの8番目の機体がQ400を含むDHC-8である。

現在モントリオールの工場で生産されるCRJシリーズ(尾部にエンジンをつけた小型の旅客機で、エアカナダも使っているので乗られた方も多いはず)、トロントの工場で生産されるDHC-8シリーズとグローバルエキスプレスという大型ビジネスジェット機がボンバルディアの主力機であり、月産30機に達する生産量はボンバルディア・エアロスペース社を世界第3位の旅客機メーカー(2位との差はかなり大きいような気もするが)としている。

さて、Q400の話である。 この機体は正式にはボンバルディア式DHC8-402型機と言うが、新機軸の採用により、機内騒音と振動を大幅に減らすことに成功した為、「Quiet」のQをとってQ400と呼ばれている。この騒音対策は機内随所に多数のマイクロフォンとアッテネーター(小型のスピーカー)を配置し、マイクで拾った音やプロペラの振動とは逆位相の振動を発生させ、騒音と振動を減じるもので、ANVS(Active Noise and Vibration Control System)と呼ばれている。

<比較表>

 
YS-11
Q400
B737-500
全長(m)
26.3
32.8
31.0
全幅(m)
32.0
28.4
28.9
最大離陸重量(kg)
25,000
29,000
53,000
最大巡航速度(q/h)
450
650
810
航続距離(q)
1,200
2,000
2,780
旅客数(人)
64
74
126
大阪−高知所要時間(分)
60
45
40



Q400は比較表に示すとおり、YS-11の縦横を入れ替えた大きさの飛行機で74人のお客様を運ぶことができる。写真のとおりに双発の高翼機であるが、従来のDHC-8シリーズ(100〜300)を大型化、高速化そして制御系統のデジタル化を図った機体である。

その最大の特徴は前述の低騒音に加えて燃費のよさで、B747(ジャンボジェット)が大阪空港の駐機場から滑走路までタキシング(地上走行)するのに使う燃料で大阪−高知間を飛ぶことができる。これはとりもなおさずターボプロップエンジンの特性である。ターボプロップ機はプロペラの後ろに自動車に使われているようなピストンエンジンを積んでいる訳ではなく、エンジンの構造はジェット旅客機とほぼ同じである。ただ、ジェット旅客機のエンジン(正式にはターボファンエンジン)がその出力軸で最前部にあるファンと呼ばれる風車を回すのに対して、ターボプロップではギアで減速されて巨大なプロペラを回す。航空機エンジンの推力は単位時間に掻く空気の量で決まってくるから、同じ推力を得るのに(比較的)小さなファンを高速で回すか、大きなプロペラを低速で回すかの違いである。空気の特性から若干の速度低下は招くものの、プロペラのほうが熱や騒音に変るエネルギーが少なく、燃料効率の点で優れているというのが技術的背景である。しかも低速で回るので、騒音も少ない。

1970〜80年代の石油危機の時は大型のターボプロップエンジン開発が流行した。結局尻すぼみ的になくなったのは原油価格が比較的安定したのと、比較的低燃費のターボファンエンジンが開発された為である。この低燃費は航空会社にとって燃料費が安くてすむという最大のメリットがあるが、排気ガスも少なくなるわけで環境対策に資するところも大きい。昨今の原油高騰と環境問題の影響で、ターボプロップ機の有効性が見直され、Q400は大きな売れ筋となっている。

次の特徴が高速性である。エンジンやプロペラに新技術を導入することにより、いままでのターボプロップ機にはない高速性を実現している。ジェット機には及ばないものの、巡航高度が低い為、上昇にかかる時間が短縮されることにより、大阪−高知間など一時間程度の路線では所要時間はジェット機とほとんど変らない(比較表参照)。何度も搭乗した経験では静かなキャビンに加えて席はすべて窓側か通路側であり、高翼のため翼で視界が遮られることもなく、短い飛行であればジェット機よりも快適だと言っても過言ではない。

DHC-8シリーズはQ400になってから、機体の部品を協力会社で設計製作するプログラムを採用している。胴体の大半や扉は日本の三菱重工製である(ついでに言うと三菱重工はグローバルエキスプレス機の胴体と主翼も作っている)。これらの部品が世界中から船や貨車、トラック、ときには飛行機で運ばれて、ここトロントのダウンズビューにある大きな工場で組み立てられる。それら部品や装備品の開発や品質管理もこれら「パートナー」と呼ばれる協力会社に委ねられており、場合によっては品質管理や技術的改善が満足なレベルに達しないことがある。

さらに好調な売れ行きに伴ってこの数年、急激な増産体制がとられたことにも影響されてか、機体そのものの製造品質が完璧と言えなかったことも事実である。油圧システムへの空気の混入、センサーやスイッチの不良、配線の緩みなどが散見され、それらがシステムの正常でない作動、警告灯の誤作動を招き、遅発や欠航、場合によっては離陸の中断や引き返しに繋がる。

私の着任後、ANAは3機の機体を受領しているが、この受領に際しては今までの領収検査体制を大幅に見直し、胴体をつなぎ始めてから領収飛行に至るまで専任の検査員(現役のベテラン整備士)に加えて構造と電装の専門家を貼り付けた。リベットや電線の1本1本まで検査の目を入れている。また、そこで見つかった不具合を分析して稼働中の在来機についても定期点検とは別に特別の点検プログラムを組んで検査を行っている。さらに、技術的な改善プログラムを推進するWTT(Working Together Team) を立ち上げ、油圧システムへの空気混入の原因追及、新型のセンサーやスイッチを開発してANAの機体に取り付けて評価を行うなど、技術対策の推進を行った。

おかげで定時出発率(出発予定時間の15分以内に出発する確率、機体の不具合以外の要因は除く)は2005年度末の99.14%に対して今時点では99.58%と向上し、ジェット機の数字と比肩するまでになった。欠航率に至っては0.28%から0.12%と半分以下になっている。いささか手前味噌ではあるが、この数字は世界中のQ400運航者の中でダントツである。検査業務にとどまらず、ボンバルディア社の作業者と積極的にコミュニケーションを行い、彼らのモチベーション向上まで尽力してくれた検査員諸氏、不眠不休で頑張ってくれたANAグループ、ボンバルディア双方の整備士やエンジニア達のおかげであるが、ボンバルディア社自身が進めた徹底的な品質改善施策(教育、作業環境、検査などの改善)も功奏していると言えよう。

それでもこの3月には前述の高知空港での異常着陸、そして先月にはヨーロッパで立て続けに着陸時に車輪に関する事故が3件も起こってしまった。大きなけが人が出なかったのは幸いである。事故調査委員会から正式の発表がされていないので、本稿での記述は遠慮させていただくが、すでにいずれのケースについても原因究明が進められ、それに応じた技術的対策が打たれている。

公共交通機関として飛行機を飛ばしている航空会社にとって安全性は絶対である。しかもご搭乗いただくお客様からはその「安全」の向こう側にある「安心」を求められる。この「安心」を確立するには一便、一便を確実に飛ばし、定時出発率を向上させていくしかない。そのための整備士や技術スタッフの努力は大変なものであるが、この仕事を静かに、一生懸命続けていくしかないと思っている。



Q400生産ライン1:テストフライトを待つフロンティア航空(米国コロラド州)向けQ400

Q400生産ライン2:同Q400の尾翼。フロンティア航空はこの12月から営業開始する新規航空会社でコロラド州デンバーを拠点にしている。尾翼にコロラド州に生息する野生動物の写真を描いているのが特徴(塗装でなくステッカーである。)

Q400生産ライン3:Q400の生産ライン。工場が休業中に撮影したので、作業員がみあたらない。

Q400生産ライン4:全体の俯瞰。このラインはBay10と呼ばれている。


胴体:国外で生産され、運ばれてきた胴体。後ろの工場にはDe Havilland の文字が見える。


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次号のリレー随筆は、カナダ日本通運株式会社、飯田 孝司さんにお願いしました。



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