カナダ医療体験談


その4 〜小話3部作〜
 困った体験その1 
ファミリードクター、突然引退



商工会事務局  伊東 義員


喘息持ちの8歳の娘と4歳になったばかりの息子を連れて、カナダに赴任したのが16年前。まずは、ファミリードクターを見つけなくちゃと、前任者に相談した。英語ができない家族には、やはり日本語の通じるお医者さんがありがたい。幸い、借りた家の近くに日系2世(?)で日本語が話せるおばあちゃん先生がいらしたので、アポイントをとり、日本から持ってきた書類(母子手帳のコピー、日本でもらった各人の持病の説明書などなど)を持って、ファミリードクターのお願いに行った。快く受けてくださった。子供が小さいと、いつ熱を出すか、喘息の発作が起きるか、また、怪我をするかすごく不安だったので、まずは一安心。このおばあちゃん先生、市販の薬と食事等で、なんとか治す主義なのか、よほど悪くないと抗生物質などの薬はくれなかった。その代わり市販薬のサンプルはたくさんくれた。それでも、やはり日本語で話ができるのは心強かった。

お願いしてから何年目だっただろうか、突然、手紙が届いた。「歳をとったので引退することにした。オフィスを閉めるが、後の事は同じビルにいる白人のドクターを紹介するから安心して」とのこと。あまりに突然の通知で、どうしたらよいか、わからず。とにかくオフィスに行って、どうすればよいのか話を聞いてみようと出かけたが、すでにオフィスは閉まっていた。「え〜〜〜〜、日本から持ってきた書類や、これまでの記録はどうなるの?ちゃんと、その白人のドクターに引き継がれているのかな」と心配になったが、後のまつり。

少したって、子供が熱を出した。その紹介された白人のドクター(どうやら偉いドクターらしい)のオフィスにアポをとって行ってみたが、まったく引き継がれた様子はなく、最初からこと細かく英語で聞かれた。おずおずと「ドクターXXXXから、これまでの家族のカルテなどは引き継がれていないのですか」と聞いてみたが、「なんにも聞いてないよ」とのあっさりした返事。が〜〜〜ん。そんなのあり?

その後、なにかの機会に引退された先生とひょこり会うことがあり、ダメもとで聞いてみた。「前のカルテや書類一式、もらうことはできませんか?」「う〜ん、どこ行っちゃったかしらね〜」 やっぱりね。

結局、その紹介を受けた白人の偉い先生のオフィスには1年もかからなかった。
ある時、上の息子が高熱を出し、とにかくお医者さんへということで、近くにWalk-In-Clinicを見つけ、行ってみた。生憎、すでに診察時間を過ぎていて閉まっていたが、その向かいにある別のクリニックが開いていたので、お願いしたら見てくれることに。場所も設備も、「え、本当に大丈夫?」といった感じのクリニックだった。先生は、ひげを生やした一見すごく怖そうな人。待っている他の患者さんは中東系の人達ばかり。白人、アジア人はゼロ。でも、てきぱきと見て必要な処方箋を出してくれ、息子は数日で回復。見たてに間違いはなかった。結局、その後も、その先生に家族全員がお世話になって、今年で10年以上になる。今は、患者さんが増えすぎて新患は取れないそうだ。

後から聞いた話では、この先生、スカボロ、ノースヨークでは、「ひげの先生」として有名な先生だった。今では、家族の名前を全員覚えてくれて、本人が行かなくても「XXXの喘息は、治まっているか。XXXの肌荒れは治ったか」など、家族の様子を聞いてくれる。そしてなにより、これまで見たてた診断が本当に正確。こちらが大丈夫と思っても、「抗生剤を出すから1週間飲んで、また来なさい」と言われたり、ダメだと思って行っても「大丈夫。市販の風邪薬、飲んでなさい」「食事では、何は食べちゃだめ」などなど、具体的で明確な指示をしてくれる。特に気管支系が専門の先生なのか、風邪や喘息の時は本当にぴたりと当たる。我が家には、なくてはならないファミリードクターである。日本語は通じないが、問題はまったくない。あまり日本語にこだわる必要もないのかもしれない。それよりは、頼りにできるかどうかではないだろうか。



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