Who's Who Canada−著名カナダ人を知ろう



50ドル札裏の有名人は誰?


フェイマス ファイブ(Famous Five)
 


Grey Owl


フリーランスライター 三藤あゆみ



3月3日は雛祭り。桃の花や色とりどりのお菓子を雛壇に飾る、女の子のお祝いですね。

では3月8日は何の日でしょう?

これもまた女性の日。しかし、こちらはそうかわいらしいものではありません。元気で強い女の記念日、「国際女性デー」です。

1904年3月8日に、ニューヨークで女性労働者が婦人参政権を要求して大規模なデモを行ったのが起源です。後にドイツのクララ・ツェトキンが、コペンハーゲンで行なわれた国際社会主義者会議で、この日を「女性の政治的自由と平等のために闘う記念日」にしようと提唱したことから記念日が始まりました。1917年の国際女性デーにロシアで起きた女性労働者のデモは激しく大規模な蜂起として有名です。イタリアでは女性デーには女どうしが、ミモザの花を贈りあいます(ミモザは普段は男性が愛をこめて女性に贈る花とされている)。

さて、カナダも女権運動やフェミニズムの研究が盛んな国。女権運動の歴史に名を残した「フェイマス ファイブ(Famous Five)」と呼ばれる5人の女たちがいて、新しい50ドル札の裏面には、この5人の像が印刷されています。フェイマス ファイブの像は、国会議事堂が建つオタワのパーラメントヒルと、カルガリーのダウンタウンにあり、「5人の勇者」の像とも呼ばれています。しかし、彼女らの名をあげることのできるカナダ人は少ないそうです。

ヘンリエッタ L. エドワーズ、エミリー・ファーガソン・マーフィー、ネリー・マクラング、ルイス・マッキニー、アイリーン・パールビーの5人が、このフェイマス ファイブです。彼女たちを有名した出来事は、1927年、カナダの最高裁に「女性は人間でしょうか?"Are women persons?"」という質問を突きつけたこと。「パーソンズ事件」として知られています。

彼女たちが「女性はパーソンか?」と国を問い詰めたのは、法律の条文が女性を差別しているということからでした。ブリティッシュ・ノースアメリカン・アクトという条例のセクション24に、「総督は、ふさわしい人を(qualified persons)、上院議員として召集し・・・」という一文があったのですが、これに女性が含まれていなかったのです。

これに対するカナダ司法長官からの回答は、「女性は 、一人前/ふさわしい(qualified person)人間とはいえません」というものでした。現在のカナダ社会からは想像できませんね。

5人の勇ましい女たちはそこであきらめることなく、今度は英国のカウンシルにこのケースを上告します。英国からの回答は、「昔この法律を作った人々は、私たちの住む今の社会よりかなり野蛮な社会に住んでいたようです」というものでした。そして女性も一人前の人間で、政治に参加し上院議員に選ばれる権利があると、宣言されたわけです。この裁判は世界中に反響を与え歴史にのこる出来事となりました。

フェイマスファイブはこんな女性たちでした:

H.L.Edwardsヘンリエッタ L. エドワーズ(Henrietta Louise Muir 1849-1931) は、モントリオール生まれ。裕福で文化的な家庭で育ち、ニューヨークで絵の勉強をして画家として活動していました。お嬢さん育ちの彼女でしたが、夫が辺境にあるインディアンコミュニティに医者として駐在することになり、お手伝いさんもいないテント暮らしを初めて経験。そこで女性や子供が安心して住める社会づくりに興味を持ち、ネイティブの女性たちを助けながら女権運動に参加するようになります。生涯絵の方も書き続けました。看護婦に与えられるヴィクトリア勲章の創設者、働く女性の権利運動家でした。

E.F.Murphyエミリー・ファーガソン・マーフィー(Emily Ferguson Murphy 1868-1933)は、金持ちの地主の娘としてオンタリオ州クックスタウンに生まれました。祖父は新聞社のオーナーで、政治や法律について討論好きで、知識のある家族の中で育ちました。英国国教会の聖職者と結婚してからアルバータ州へ引越し、結婚後も法律の勉強を続けます。夫もエミリーが学ぶのに協力的でした。農場や開拓地の女性が、離婚の際に夫に財産をすべてとられ家から追い出されるというケースがあったことから、夫の財産の三分の一を妻がもらう権利があるという法律を作る運動をし、成功。カナダそして英連邦最初の女性裁判官。

N.McClungネリー・マクラング(Nellie McClung 1873-1951)もオンタリオ州出身です。開拓者の家庭に生まれましたが、学問に興味を持ち教育学を修めて開拓地の学校で教師をしていました。後にエドモントン、ウィニペグ、カルガリー、ビクトリアなどカナダ西部を拠点に活動。敬虔なクリスチャンでたいへん真面目な活動家として知られていました。開拓地に住む移民の生活条件を改善する運動や、女性の投票権獲得に大きく貢献したそうです。


L.McKinneyルイス・マッキニー(Louise McKinney 1868-1931)はオタワで育ち、オンタリオ州やノースダコタで学校教師をしていました。結婚後は夫の仕事の都合で、ふたたびカナダのノースウエストテリトリーやアルバータに住みました。教会の禁酒活動に熱心に貢献、後に北米各地とヨーロッパで広くコンベンションや講演会に参加していたそうです。アルバータ州で初、また英連邦初の女性州議会議員。



I.Parlbyアイリーン・パールバイ(Irene Parlby 1868-1965)は、イギリス生まれ。父が軍の大佐で外国駐留が多かったため、子供の頃からインドやアイルランドなどで暮らしました。大人になってからは自らヨーロッパ各地を旅し、後にカナダに渡ります。冒険心旺盛の彼女は開拓地の生活が気に入り、カナダに移住、農場経営のイギリス人と結婚。農村の女性や子供たちの教育に貢献しました。農家の女性の会指導者、アルバータ州政府最初の女性大臣。

5人とも皆、結婚して子育てをしながら、生涯を通じてかなり積極的に政治活動や社会奉仕活動をしていました。夫も妻の活動にたいへん協力的だったようです。

しかしながら、この5人については、「女性解放に貢献したものの白人以外の移民への差別対応があった」、「ヨーロッパ系の議員ばかりで構成される議会を作り上げるのに協力した」などという議論もあり、彼女たちをカナダの歴史に貢献したフェイマス ファイブとすることを疑問視するカナダ人もいるそうです。

(写真クレジット Library and Archives Canada)





≪著者プロフィール≫
三藤あゆみ
フリーランスライター/翻訳家。日本の高校卒業後イギリスへ渡り、後にトロントに移住。トロント大学卒(心理学、東アジア学専攻)。埼玉県生まれ。
 

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