リレー随筆

 

ビジネススクールとグローバル(アメリカ)化





   好川  透  (マクマスター大学MBAプログラム教授)



スペインで最古、ヨーロッパでもボローニャー大学とパリ大学に次いで古いサラマンカ大学を訪問してきた。サラマンカはマドリッドから電車かバスで約2時間半の場所にある中都市であり、サラマンカ大学を中心とした学園都市である。バルセロナやアンダルシア地方と比較するとサラマンカは日本人にはそれほど知られていない町ではないかと思う。だが旧市街は世界遺産になっており、町の中心地のいたるところに歴史的建造物があって、なかなか見所のある町である。

サラマンカ大学は1218年の設立であるから、どんなに古い日本の大学でも全く比較にならない長い歴史を持つ。大学には特に南米などのスペイン語圏から多くの留学生がいる。また、その他の地域からもスペイン語を学びに来る外国人学生が多く来ているようである。大学関係者によると、スペイン語圏ではサラマンカ大学の知名度はかなり高く、南米からの留学生はここで学位をとると母国では高く評価されるとのことである。

このような歴史もあり、スペイン語圏では確固たる地位を築いているサラマンカ大学も、いわゆる「グローバル化」の動きに大きな影響を受けている。小生がカナダの大学でビジネススクールに所属しているため、海外の大学で関係ができるのはやはりビジネススクールである。今回も訪問先はサラマンカ大学のビジネススクールであった。

ビジネススクールと聞くと、そこの教員は実践的なビジネスの知識を積み上げて、それをもとに授業をするのが主な仕事だと思っている人も多いのではないだろうか。実際のところ授業は仕事の一部で、大きな時間を研究に割かなければならない。北米のビジネススクールでは「研究」とは、学術誌に掲載されるような論文を執筆することである。ただし、どこに論文を出しても同じように評価されるわけではなく、学術誌にもランキングがある。そして、世界的に高いランキングにあるビジネス研究の学術誌のほとんどがアメリカのものである。

1990年代かそれ以前に、そのような学術誌のランキングを気にしていたのはおそらくアメリカのビジネススクールとその他のごく一部の大学であったと思われる。しかし、アメリカモデルのビジネススクールが世界的に普及するに伴って、そのような学術誌への論文掲載を奨励するアメリカ式の研究業績評価の普及も徐々に進んできた。今では、世界的にかなりの国のビジネススクールがこの「アメリカモデル」を採用している。

アジアでそのような動きは、まず香港で1990年代中盤から後半に始まっている。その頃から香港の著名なビジネススクールでは教員の研究業績の評価や採用の時に、高いランキングの学術誌にどれほど論文を掲載しているかが非常に重要な評価基準になり始めた。今ではそのような論文を出版する能力のない研究者は、まずは長くは大学にいられないか、採用されないのが現状である。

同じような動きはシンガポールでもやや遅れて、おそらくここ7〜8年で起こってきており、やはりシンガポールの主要なビジネススクールでは高いランキングの学術誌への論文掲載が一番の評価基準である。香港やシンガポールほど極端ではないが、韓国の一部のビジネススクールでもアメリカの高ランキング学術誌への論文掲載が重視されている。さらには、中国の主要なビジネススクールの一部も同じ方向に向かいつつあると聞いている。

幸か不幸か、日本のビジネススクールの多くはまだそのような方向には大きく動いていないようである。一部の国立大学が海外の学術誌への論文掲載を重視している程度で、その他の大学ではアメリカの学術誌の名前すら知らない研究者も多くいるのではないだろうか。これはおそらく、日本のビジネススクールが実務家の教育重視に大きく傾いているため、多くの教員が実務家出身であり大学院で研究者としての教育を受けていないことにも原因があるのかもしれない。

ヨーロッパのビジネススクールも日本の場合と同様に、アメリカモデルの研究業績評価の導入には、あまり積極的ではなかったようである。しかし、最近は大きな変化が見られ始めている。サラマンカ大学も含めたスペインの大学では、教員の研究業績を評価する場合、論文が掲載された学術誌のランキングを非常に重視するようになってきており、またそれらはたいていアメリカの学術誌であるためにスペインの研究者は英語で論文を書くことが求められる。聞くところによると、スペイン政府は自国の大学のグローバルな評価を向上させる目的で、このように高ランキング学術誌掲載の研究業績を重視しているらしい。

今回はサラマンカ大学のほかにドイツのデュースブルグ・エッセン大学も訪問して研究者と会ってきたが、ドイツでも徐々に英語の高ランキング学術誌掲載の論文が研究業績として重視され始めているようである。もちろん、ヨーロッパも各国ごとに異なる事情があり、全ての国のビジネススクールが同じ方向に動いているわけではない。しかし大学のグローバルな評判の向上とビジネススクールのグローバルなランキング競争のため、程度の差こそあれ、学術誌のランキングに基づいた研究業績評価を多くのビジネススクールは無視しにくい状況になりつつあるようである。

このようなビジネス研究のグローバル化あるいはアメリカ化が好ましい傾向なのかどうかはまだわからない。ただし、アメリカモデルで研究をしてきた主に北米の研究者にとっては大きな恩恵がある。自分の業績がアメリカだけでなくアジアやヨーロッパのビジネススクールでも高く評価されるからである。また英語を母国語とするアメリカ人やカナダ人には大きな優位性がある。

しかし、他国の研究者にはアメリカの学術誌が求める研究スタイルの論文を英語で書くというハンディがある。ある観点から見ると、この「ゲーム」は英語を母国語とする北米人に優位なルールで運営されているとも言える。だが、いくつかの研究業績のランキング(たとえば、出版論文引用数、ノーベル賞受賞者数など)で世界的に高い評価を受けている大学の多くがアメリカの大学であることを考えると、アメリカモデルを採用することは正当化されやすいのかもしれない。

このような動きは研究者が「共通言語」で研究業績を話し合えるという大きな利点がある。しかし、研究手法の多様性を減少させる可能性もある。グローバル化の圧力はしばしば、制度の「変化」と「継続」の微妙な組み合わせを生み出すが、ビジネススクールのグローバル化あるいはアメリカ化が北米以外の各国のビジネススクールでどのようなモデルを作り出すのか興味深いところである。この動きの歴史は浅いため、結論を出すにはまだ時間がかかりそうである。

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次号のリレー随筆は、みずほコーポレート銀行の植田隆彦さんにお願いしました。


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