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Who's
Who Canada−著名カナダ人を知ろう 日本で一生忘れられない出来事が カナダ勲章ロックミュージシャン ブライアン・アダムス(Bryan Adams) 1959- フリーランスライター 三藤あゆみ 現在もミュージシャンとしての活動はもちろん、写真家としても知られ、また、貧困救済にも力を入れており、アルバムを出せば売れる息の長いアーティスト。彼もまた、オンタリオ生まれの有名人、日本とも縁のある人です。 当時、世界各地で爆発的にヒットしていたのは「Born In The USA」(ブルース・スプリングスティーン)でしたが、ブライアン・アダムスの「Reckless」はその後を追う売上げで、北米でもヨーロッパでも日本でも、FMラジオからはしょっちゅう彼の曲が流れていました。 そして90年代前半になると、こんどはハリウッド映画のテーマソングで、ブライアン・アダムスを知る人が増えました。「(Everything I Do) I Do It For You:アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」は映画「ロビンフッド」の主題歌、「All For Love」は映画「三銃士」の主題歌。バラード調で、また違った層のリスナーを獲得しました。 もともとイギリスからカナダに移住てきたブライアンの両親は、彼が生まれた1959年、オンタリオ州キングストンにある軍の基地内に住んでいました。ブライアンは基地のコミュニティで育ち、ミリタリースクールに通っていたそうです。父親は、カナダ移民局の仕事をしていたので、その後、イギリス、ポルトガル、イスラエルなどに家族を連れて赴任しました。ブライアンは転校が続いたために十代半ばまで親友もできず、家庭内では両親のケンカが絶えないため、学校から帰宅すると自分の部屋に閉じこもってひとり過ごすことが多かったといいます。音楽をはじめたのは、イギリスに住んでいた10歳の頃。独学でギターの練習をはじめ、どんどん上達し、数年後にはすでに、将来は音楽で食べていこうと決心していました。 世界各地を転々とする生活が終わったのは、両親の離婚のためでした。弟とともに母親側に引き取られ、ブライアンが生まれ故郷のカナダに戻ってきたのは、15歳の年。そして、ミュージシャンとしての道を歩き始めたバンクーバーに落ち着くことになります。 バンクーバーで普通の学校生活がはじまったのもつかのま、ブライアンは学校を休むことが多く、不良ティーンエージャーのレッテルをはられていました。しかし、音楽への熱意は一瞬もさめることなく、16歳になった翌年、学校を辞めて、カレッジへ行くための学費を使ってピアノを手に入れました。 17歳ではじめて友人と共にバンドを結成。実力もあり「本気」のティーンエージャーたちのグループは、レコードの自主制作もはじめました。そして、プロの作詞作曲家ジム・ヴァランスと出会うことになります。 ジムとの共同作業でデモテープを作ったり曲を作ったりして2年が過ぎたころ、ついにディスコミュージックでプロの契約をとりつけるのに成功。それがきっかけとなり、ブライアン・アダムスとA&M レコードとの正式に契約、スターへの道のりがはじまったのです。 ミュージシャンとしてのキャリアは、とんとん拍子に進んでいきましたが、ブライアンは、両親の離婚後、10年以上顔を見ていない父親のことがいつも気になっていました。子供の頃、父はブライアンが音楽に傾倒するのに大反対でした。よく怒られた記憶ばかりでしたが、音信不通になってしまった父は、今はどこの国に住んでいるのだろうかと思いを馳せることも多々あったそうです。 後に、ブライアンが「一生忘れられない日」と語る、父との涙の再会は、日本が舞台となりました。 それは1981年に二番目のアルバムが発売されてからのことでした。ロサンゼルスに滞在していたブライアンは、ある日、「安っぽいセンチメンタルなドラマ」と思いながら、あるテレビ番組を見ていました。父と息子が主人公で、いろいろあった末、親子の絆が確認される・・・という泣かせねらいのストーリーでした。ブライアンはそう思いながらも、そのドラマが終わったとたん、父親と話したくていてもたってもいられなくなってしまうわけです。 しかし、居所がわからないので、まず思いつく国のカナダ大使館に電話をして調べることにしました。まずは、最後に一緒に過ごしたロンドン。すると、韓国へ赴任したはずだと。韓国に電話をしてみると今度は、日本に転勤になったはずだ・・・と。日本のカナダ大使館に問い合わせたブライアンは、ついに父親と連絡をとるのに成功。 電話に出た父の第一声は、挨拶もなしに「Where the devil are you?」だったそうです。ブライアンのほうも「今度は日本にいるとはねえ・・・。幸か不幸かオレは来週、日本に行くんだ。夕飯でも食う?」。精一杯素直になってみたのがこの会話。
「一生18歳のまま」と歌っていたブライアン・アダムスは、今年で49歳になります。ひとりで部屋にこもる暗い少年時代を過ごし、16歳で学校を辞めてしまったロックに夢中の元不良少年は、カナダが誇るアーティストとなり、勲章とBC州勲章を受けました。 |