
リレー随筆
銀幕のトロント
安藤 隆 (カナダ三菱東京UFJ銀行)
果たして、自身が何時から映画ファンになったのか、この原稿を書くに際して振り返ってみたがはっきりと思い出すことはできない。小学生の時分、NET(時代を感じさせますな)にて放映していた『日曜洋画劇場』で見た、『居酒屋』とか『鉄道員』のおぼろげな記憶、長じて生意気盛りのミドルからハイテイーン時に、名画座で巡りあった『春琴抄』や『浮雲』が映画への扉を開いてくれたのだと思う。
あまりにも予定調和で勧善懲悪的なハリウッド映画はどちらかと言うと苦手で、鑑賞の対象は専らヨーロッパ映画と邦画が中心となった。しかしながら、海外で欧州映画を見るのは至難の業。登場人物が話すイタリヤ語やフィンランド語を理解すべく必死に字幕英語を追う一方で、私の力量不足の悲しさ故、映像を楽しむ余裕が全くない。勢い鑑賞対象は邦画となる訳だが、まあ当地ではあまり期待できないだろうと思っていた処、赴任直後からこの認識を大いに改めることになった。
一昨年の12月、着任して最初の週末、アパートの近所を検分がてら散歩する途中で、ブロア通りのマニュライフセンタービルに入った途端、『吉村実子』の写真が目に飛び込んできた。おや珍しい、これは『日本昆虫記』からのステイールかなと思いつつ良く見てみると、トロントシネマテーク(独立系シネマ団体、だと思う)主催による『今村昌平レトロスペクテイブ展』の案内ポスターではないか。作品ラインアップは『にあんちゃん』、『豚と軍艦』等のお馴染み(邦画ファンにとってはですが・・・)から比較的最新作の『うなぎ』や『ええじゃないか』まで全作品を上映するという、今時日本国内でもお目にかかれない非常に野心的な催し。こうして私のトロント邦画探訪が始まった。
今村作品で見たのは『復讐するは我にあり』。暴力、エロスそして反宗教性からであろうか、この作品は長らくオンタリオ州で上映禁止だったそうである。そのせいか劇場はカナデイアンで満員、息も詰まる場面展開そして救いのない結末をどう感じたのであろうか。緒形拳、倍賞美津子、小川真由美のあまりにも生々しい演技には鬼気迫るものがある。
今村の師匠という縁で鬼才川島雄三監督の作品も2本上映された。『しとやかな獣』と『幕末太陽傳』という渋いチョイス。『幕末太陽傳』は落語『居残り佐平次』を基に、幕末の品川遊郭を舞台にしており、日本情緒の極みの様な作品ではあるものの、その非常に上質なユーモアにコスモポリタン性をみてとることができる。フランキー堺の洒脱な演技に観客は笑いほうけ、南田洋子と左幸子両人による邦画史上最高と賞賛される長回しの大立ち回りは拍手喝さいで迎えられた。
初秋はトロント国際映画際の幕開けである。日本からは『天然コケコッコー』、『監督万歳』、『サッドバケーション』などの意欲作が出品された。北野武『監督万歳』はかつての『俺たちひょうきん族』を彷彿させ、周りの観客には結構うけていた。ここにも熱狂的なタケシファンがいるものだ。『サッドバケーション』は『EUREKA』でカンヌやモントリオールに衝撃を与えた青山真治監督作品だけあって、当地でも玄人筋には大人気のせいか切符は売り切れ。子役時代から青山作品の常連で、今や大河ドラマの主役を努める宮崎あおいを見られなかったのは実に残念だった。
今村作品展の後は『内田吐夢回顧展』が企画された。趣意書によると、黒澤、小津、成瀬は既に知れ亘っており、これからは内田、増村保造、中平康をカナダに紹介するとあった。この一文からも当地の客筋が分かるというもの。代表作『飢餓海峡』で、主演の三国連太郎が津軽海峡に投身するラストシーンに流れる地蔵和讃の響きはどう受け止められたのか。同監督の『たそがれ酒場』は初めて見た作品だが、心に残るものであった。終戦直後の大衆酒場における開店からカンバンまでの4時間を描いた、『グランド・ホテル』のような作品である。そこに凝縮された人間模様は国境を越えて、胸に迫ってくる。主演の野添ひとみ(小生大ファンなんです)は本当に可憐だった。
最後に『東京物語』について触れたい。小津ファンを自認する私にとって、正直この作品は、後期の『秋刀魚の味』や『秋日和』と比べて、とっつきにくいものであったことは否めなかった。昨夏に上映された際は、流石に世界の映画人が傑作ベスト10に挙げるだけあって、超満員の盛況。終盤の場面、義母(東山千栄子)の葬式を終えた、義理の父(笠智衆)とその戦死した次男の嫁(原節子)との会話。孤独という自身の苦しい胸のうちを吐露する原と全てを受け入れる笠の間に流れる静かな時間、場面変わり東京へ戻る原を乗せた山陽本線が瀬戸内海を背景に尾道の町並を行く美しいシーンで、叙情的なテーマ曲が流れる、人生の無常観が伝わってきて周囲の観客からはすすり泣きが聞こえてくる。この映画に関してはこれ以上の解説は無用であろう。
久しぶりに訪ねた東京の子供達に冷たい扱いを受け、唯一人親身になって接っしてくれた戦死した次男の嫁(原節子)との思い出を胸に、老夫婦(笠と東山千栄子)が、失意の中に東京駅を発つ。東京発が午後10時、尾道着が翌日午後3時、17時間の長旅である。丁度、トロントのアパートから東京の我が家までの時間に等しい。このシーンを見ながら、東京に残してきた家族の事、一人で暮らしている年老いた母の事が胸中をよぎる。これが小生にとっての『東京物語』であったのか。
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