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子供と補習校と私
子供からもらった「感動」 --研究留学で、我が子を知る--
(トロント大学プリンセス・マーガレット病院 オンタリオ癌研究所)
加藤久幸
私は日本ではある大学病院の勤務医をしていた。朝から夜まで仕事、仕事の毎日であった。深夜まで帰宅できなかったり、夜中に急患で呼び出され、24時間仕事をし続けたこともよくあった。しかし、そのような状況をある種の美徳と感じていたかもしれない。当然の如く2人の子供達の詳しい様子など知る由もなかった。子供達のことは妻にまかせっきりだった。時折、妻から聞く子供達の成長の話が仕事の疲れを癒してくれた。長男は、勉強はできないがスポーツが大好きでサッカー、少林寺、水泳と日々がんばっているとのことだった。長女は踊る事が大好きでバレエ、ジャズ、ヒップホップと毎日忙しく習っていると聞かされていた。
毎年、長男は少林寺拳法で夏に名古屋から東京に数日行っていたことは知っていたが、日本武道館で大事な試合をするために行っていたとは全く知らなかった。去年、長男が金メダルをうれしそうに私に見せにきた。「お前、東京に試合に行っていたの?」とつい、口をすべらせてしまった。遊びを兼ねた遠征だとばかり思っていて妻にひどくしかられた。長女のダンス発表会も妻から数ヶ月前から予定を空けておくよう言われていても、日にちを間違えてしまったり、急患の呼び出しのため行けないこともあった。そのことについても妻から非難を浴び、子供から冷たい視線を向けられたことは言うまでもない。しかし、仕事なんだから仕方ないと突っぱねた。
そんな中、私のトロントへの研究留学が決まった。渡加当日、新幹線のプラットホームまで子供達の友達が見送りにきてくれた。ざっと見渡しただけで15人はいる。泣いている子もいた。いつもはやんちゃな子もみんな悲しそうである。抱き合って別れを惜しんでいた。新幹線に乗り込み、出発のベルがなると、新幹線は子供達の気持ちなど完全に無視するように容赦なく走り去った。それまで我慢していた長男、長女とも声を出して号泣した。子供達が今まで築きあげてきたもの(友達、スポーツ、ダンスなど)をすべて断ち切らせ、私の留学につきあわせてしまった責任の大きさを実感した。
10日間のホテル生活、やっと決まった住居、生活の立ち上げは本当に大変で苦労した。落ち着いた頃、長男が「体がなまってきた。そろそろサッカーを習わせて」、長女も「体が硬くなってきているのが分かる。悲しい。早くバレエを習わせてほしい」と言ってきた。子供達の習い事のことなどほとんど眼中になかった。現地校と補習校の両立だけでも大変なのにその上、習い事などできるのであろうかと心配したが、サッカーをやっているときの息子の生き生きした顔は今まで見たこともなかった。また、娘も家で音楽をかけて体をくねくねさせて(私にはそう見える)踊っている。
息子のサッカーの送り迎えは私の担当である。現地のサッカースクールと日本人サッカースクールに所属している。息子は後者のスクールのコーチを非常に尊敬している。彼の言うことは何でも素直に聞く。私が同じことを言っても生意気な返事が返ってくるだけだ。息子はスポーツ全般が好きで、サッカーに固執していたわけではなかった。このコーチに出会うまではテニス、卓球、キャッチボールなど楽しくやっていたことを思い出す。それが今ではクレイジーな程にサッカーだけに打ち込んでいる。コーチからサッカーの課題を出されると数時間でも自主練習に励む。思うようにいかないときは泣きべそをかきながらやっている。コーチは子供達が受身になるのではなく、自主性を出させるように指導しているように思える。私も自主性をもたせるような子育てをしたいと思う。最近、サッカーノートまで作り出した。このやる気を勉強に生かせないかと常々思う。
現地校、補習校、習い事(週3〜4回)の両立は思っていた通り困難であった。宿題は我が家にとっては親と子供の戦争といっても過言ではない。水曜日ぐらいになると妻が「補習校の宿題やったの?早くやりなさい。少しずつやれば楽だから」声を荒げてうるさく言っている。長男も「お母さん、その言い方、本当にやる気なくすんだよね。やめた方がいいよ」と言い返す。「だったら言わなくてもやるの?」との妻の問いに対して「当たり前じゃん。やらされるということがイ・ヤ・ナ・ノ」と返している。第3者からみると、長男の言い分は納得でき、妻に分からないように、子供達に向ってうなずいた。「あなたからも言ってよ」と叱責された。見られていたようだ。こういう光景も私にとっては新鮮だ。習い事、宿題など日本にいたころはみたこともないし知らない。何だか今になって、家族の一員になったような気がする。
補習校での授業参観も私にとっては初めての出来事である。去年はその後の保護者会まで出席させていただいた。ベテランの先生で大変分かりやすく、子供達の心をつかんでいるようで脱帽した。そう言えば今まで、子供の担任の先生の名前、顔すら知らなかった。
子供達が通っている現地校はスポーツが盛んな学校でいろんなスポーツ(ダンス、ソフトボール、バレーボール、サッカー、陸上、クロスカントリー)を年間通してやっている。先生たちも非常に熱心に指導してくれている。先日行われた陸上競技大会に息子、娘も出場した。1500mのセミファイナルで娘は完敗した。しかし、確か日本ではいつも後ろから数えた方が早いくらいだったと思うので、セミファイナルまで残ったこと自体驚きだった。そんな子が泣きそうな顔をして走っていた。私の声などかき消すように先生が身を乗り出し必死に大声で声援を送った。友達の声援も聞こえた。娘もそれに応えようとスピードアップし必死に走り続けた。これには感動した。息子も同じく1500mに出場したが、本当にあと1歩のところで1位の子を抜かせなかった。走り終えたあと、1位の子と握手を交わし、フィールドを歩きながら、顔をくしゃくしゃにして泣いている息子の姿があった。友達らが観客席から息子の名前を連呼し始めた。それに気づき泣きながらでも、観客に大きく手を振って応えた。こういう子供達の姿は日本にいたら絶対味わえなかったであろう。
息子は毎朝練習して、金メダルを意識して大会に臨んだ。しかし、結果は銀だった。金を取るためにはもっともっと一生懸命練習しなければならないということ。あと1歩のところで相手に負け悔しくて自然に流れる涙は、これから成長していく子供達にとって金メダルを取る事以上に意味のあることだと私は思う。すばらしい。どんな困難にも打ち勝つ強い精神力を養って欲しい。日本にいて仕事をしていたら、このような子供達の光景を目にすることもなく、感動もなかったであろう。今まで仕事に没頭し子供達のことを何も知らなかった自分が恥ずかしい。帰国まであと9ヶ月。子供達と存分に触れ合いたいと真剣に思う。帰国後も仕事で忙しくなるであろうが、子供達がやっていることを理解し応援していきたいと切に思う。
現在は、私もあるサッカーチームに所属している。週2回の試合には長男も必ず見に来てくれる。真剣に見ている。帰りの車の中、息子とその日の試合についての討論が私の楽しみの一つである。たまに、いや、いつも厳しい批評もされるが・・・。午後11時開始の試合にも必ずついてくる。本音を言えばついてきてほしいし連れていきたい。妻からは「補習校の宿題は?」「明日朝、起きれるの?」といつも反対され、理解されない。「親の後ろ姿を子供に見せることは大切だ」などと適当なことを言って、長男の連れ出しに成功している。息子とエレベーターでいつものVサインを交わす。妻には見られていないだろう。
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