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リレー随筆
アイスワイン(Icewine) 柴田 昌彦 (カナダ住友商事会社) 日本へのお土産というと、先ず頭に浮かぶのはやはりオンタリオ名産のメープルシロップとアイスワインですね。尤もメープルシロップはケベックでの生産量の方が多いですし、アイスワインは値段が高い。おまけにエアカナダでは100mL以上の液体は機内持ち込みが出来ないので、空港の免税店で買う以外はお土産として持ち帰り難い状況ですが。 メープルシロップについてはメープルシュガー、メープルバターも含め、お菓子や料理等に普段使う機会も多いので、皆様も馴染みが深いものと思います。(因みに私はアストロ社のふわふわのヨーグルトに、ちょっと苦味の効いたミディアム・グレードのメープルシロップをかけたものをデザート代わりに食べるのが好きです。) 一方アイスワインに関しては、普通のワインより小さいサイズのボトル(ハーフボトルか200mLが一般的)で売られている割に、通常のフルボトルのワインの値段と比べても高価ですし、自宅で食後に甘いデザートワインを飲む習慣を持っている方がそれほど多く居るとも思えません。そのせいか、アイスワインについてオンタリオ在住のカナダ人の間でも、実は詳しく知られていない様に感じます。先日、借家住まいの我が家に大家夫妻が見えた際に、たまたま話題がオンタリオ産ワインに及んだのですが、アイスワインの製法はカナダで発見されたと思っておられていた事が判明。この夫妻はロシアからの移民ですが―ご主人は彫像で有名なアーティスト―カナダ在住歴は相当長いものと思われ、それでもアイスワインについては余りご存知ないのだなとちょっと驚いた経験があります。 そこで、日本に居た時には同好の友人を募って毎月ワイン・テイスティングの会を催していた時期もあり、かなりのワイン好きを自認しております私としましては、改めてアイスワインについて調べてみる事にしました。 アイスワインは、「樹になった状態で自然に凍ったブドウから作られるワイン」です。 ブドウ中の水分は凍りますが、糖分やその他の固体成分が溶解した部分は氷点下になっても凍らない為、果汁が濃縮され非常に甘いワインが出来ます。(車のウインド・ウオッシャー液に使われる不凍液と同じ原理ですね。かなり昔−もう30年程前になりましょうか−ドイツで不凍液に使うジ・エチレン・グリコールをワインに混ぜて高級な甘口ワインに仕立てて販売していたという事件がありました。)この辺りまでの事は大抵の方は既にご存知だと思いますので、もう少し詳しく掘り下げて見る事にします。 アイスワインはカナダ、ドイツ以外にも量の多寡を問わなければ、フランス、イタリア、オーストリア、ルクセンブルク、スウェーデン、チェコ、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、スロベニア、イスラエル、オーストラリア、ニュージーランド、米国と、わりと多くの国で生産されています。 甘口のワインの製法としては、アイスワインの他にも遅摘みの過熟ブドウを使うシュペート・レーゼ(ドイツでの呼称)、貴腐ブドウ ―ブドウの果皮表面に付着したボトリティス・シネレアというカビの菌が果皮に微細な穴を開けるため水分が蒸発して干からび、糖分が凝縮された状態になる−から造られた貴腐ワイン(フランスのボルドー地方ソーテルヌ地区のもの、ハンガリーのトカイが有名、ドイツではトロッケン・ベーレン・アウスレーゼがこれに該当)等幾つかの方法があります。昔は甘いものが貴重で高価であった為、甘口のワインを造るのに様々な工夫がされた様です。 アイスワイン誕生の地は、残念ながらやはりカナダではなくドイツで、1794年に当時フランコニアと呼ばれていた地域(現在のババリア州の北方で、ワイン生産地域としてはフランケン地方の一部)で初めて生産されたというのが定説です。前述のシュペート・レーゼを作る為に、ブドウを霜が降りるぎりぎりまで摘み取らず過熟させブドウ中の糖度を上げるわけですが、しばしば予期しない寒波に襲われてブドウが凍ってしまう事があります。 諦めきれなかった農民たちが凍ったブドウでワインを造ったみた所、偶然とても糖度が高く美味しいワインが出来たとの事。 この様にドイツで誕生ましたので、世界的に最も有名なのは本家ドイツの“アイスヴァイン(Eiswein)”と言えますが、世界最大のアイスワイン生産国は、夏はブドウに充分な甘味を与えるだけ温度が上昇し、一方冬には安定して気温が氷点下になるカナダです。特にナイアガラ一帯には高品質を誇るワイナリーが数多くあり、本家ドイツを上回る高い評価を受けています。例えばナイアガラ・オン・ザ・レイクのイニスキリン(Inniskillin; http://www.inniskillin.com/en/default.asp)は、生産量で世界最大の生産者として知られています。 Jump to: navigation, search それでは、何故普通のワインに比べてアイスワインは効果なのでしょうか?先ずは製法から見てみましょう。 アイスワイン用のブドウは、結実してから年を越して収穫されるまで樹になった状態で保持されます。この結果、果実にはアイスワイン用ブドウ品種特有の強い酸味に加え、その酸味と程好くバランスした爽やかな甘さが与えられます。(但しアイスワインには、貴腐ワインが持つ貴腐ブドウ独特の香り・味わいが無く、複雑さに欠けるとの意見もあります。) アイスワインには、ハードフリーズと呼ばれるブドウが低い外気温にさらされて自然に凍った状態になる事が必要で(カナダでは−8℃、ドイツでは−7℃以下と規定されている)、しかもこのハードフリーズはブドウの果実が充分熟した後に起きる必要があります。此の事は即ちブドウが通常の収穫期を迎えた後、更に数ヶ月間樹になった状態で保たれる必要がある事を意味します。しかし収穫期を遅くすると、ブドウの果実は少なからず野鳥や野生の動物に食べられたり木から落ちたりして失われてしまいます。また、ブドウが凍る時期があまり遅くなると、実が腐って落ちてしまい収穫が出来なくなってしまいます。一方、寒くなり過ぎると今度はブドウが完全に凍ってしまい果汁が絞れなくなります。オンタリオのビンランド・エステーツ・ワイナリー(Vineland Estates Winery; http://www.vineland.com/)では90年代に気温が−20℃近くまで下がりブドウが固く凍り過ぎてブドウを絞るプレスが壊れた事があるそうです。(ブドウを摘み取った後機械で凍らせる冷凍抽出で結氷効果を人工的に作り出したワインもあり、これはアイスボックス・ワインと呼ばれます。その一例が、ボニー・ドウームのヴァン・ド・グレーシアーです。) 更に果実は凍った状態でプレスに掛ける必要があるため、収穫は深夜から早朝の数時間の間に行われ、ブドウを搾る作業も暖房の全く無いスペースで行われます。(間違ってもこんなバイトはしたくないですね。) ブドウからマストと呼ばれる発酵前のブドウ果汁を絞った後もまた大変です。糖分が高く発酵が通常よりゆっくりと進行するので、普通は数日から数週間で完了する発酵が数ヶ月掛かってしまいますし、特別な酵母も必要となります。 このように収穫に至るブドウの収穫率の低さ、ブドウの摘み取りから発酵に掛かる手間と時間とそれによる量産の難しさを考えると、アイスワインが高価なのも仕方無い感じがしてきますね。これまで売買された最も高額なアイスワインは、ビームスビルのロイヤル・デマリア(Royal DeMaria; http://www.royaldemaria.com/)というワイナリーで生産されたもので、2006年11月に3万カナダドルで販売された記録があるそうです。 カナダ、ドイツ、オーストリアでアイスワインと名乗るためには、原料、収穫方法、温度などの厳格な基準を満たす必要があります。 オンタリオ州とBC州でアイスワインと名乗るためには、前述のブドウが凍る温度やマスト中の糖分がブリックス(Brix)糖度(重量%の事)で35度以上である事等、Vintners Quality Alliance(ワイン醸造業者品質連盟)により規定された厳密な決まりを守る必要があり、アイスワインのボトルには必ずVQAマークが表示されています。この条件に適合しないブドウ果汁で作られたワインは、“Special Select Late Harvest” 若しくは“ Select Late Harvest”とした、等級のより低いワインとして販売されます。 アイスワインに使われる典型的なブドウの品種は、白ワイン用の品種であり特にドイツのワインメーカーで最も高貴とされるリースリング、元々コニャック用の交配種でカナダと米北東部(特にオンタリオ州とNY州)で多く栽培され、寒さとウドンコ病に強く酸味が豊富なヴィダル(Vidal)の2種です。その他赤ワイン用の品種であるカベルネ・フラン等も使用されます。 また、欧州以外のニューワールドと呼ばれる国々のワイン醸造業者は、実験的に下記の様な様々な品種でのアイスワイン製造にトライしています。
ナイアガラ・オン・ザ・レイクのピリテリ・エステート・ワイナリ(Pillitteri Estates Winery; http://www.pillitteri.com/)は世界で最初にシラーでアイスワイン製造を行ったワイナリーとされています。 白ワイン用のブドウからできるアイスワインは、若い時には透明な黄色若しくは明るい金色で、熟成に伴い深い琥珀・黄金色になり、赤ワイン用ブドウから造られるものは明るい、ブルゴーニュかロゼワインの様なピンク色に仕上がる傾向にあります。また、カナダのいくつかのブドウ栽培業者は試験的に発泡アイスワインの製造を試みています。 何故高価なのかという説明の際にも触れましたが、通常アイスワイン中には180g/L〜320g/L(平均で220g/L)という高い残留糖分があるにも拘らず、それとマッチする強い酸味がある為甘過ぎず、くどく無く、とてもさっぱりした味わいとなるのが特徴です。 通常ミディアムからフル・ボディーで味わいの余韻が長く、風味はブドウの種類によりますが、モモ、ナシ、乾燥アンズ、蜂蜜、柑橘香、イチジク、キャラメル、青リンゴ等が感じられます。特に白ワイン用のブドウを用いているものでは、パイナップル、マンゴー、ライチ等、南国フルーツの香りが共通しています。 アイスワインは普通のテーブル・ワインよりアルコール度は若干低く、リースリングを用いたドイツ製のアイスワインでは、アルコール度が6%しかないものもあります。しかし、カナダで作られるアイスワインは通常8〜13%と比較的高いアルコール度を持っています。 これは、カナダでは冬に気温が安定して低くなる為、ドイツに比べより高い糖度のブドウ果汁を得られる為です。 ワイン鑑定家の間では、アイスワインが加齢と共に熟成するものかどうか、それとも若いうちに飲むべきものかで議論となっています。 熟成を支持する人たちは、アイスワインがとても高い糖度(フランス ソーテルヌ地方等の長期熟成に耐えうる貴腐ワインよりも高い)と強い酸味を併せ持つ事から、ボトルに詰られた後も長い年月の間熟成すると主張しています。(ソーテルヌのシャトー・ディケムは長期熟成タイプの貴腐ワインとして非常に有名。) 一方これに賛同しない鑑定家たちは、アイスワインは熟成に伴って特有の酸味、果実味、芳香と新鮮さを失っていくと主張しています。 ここまで見て来ると、アイスワインが高価でも仕方が無いと納得できる気がしてきますし、その甘さの後ろに微妙なバランスを持った複雑な味わいが隠されている、というのを自分でも確かめてみなくなって来ますね。実際にどんなものか自分の舌で味わってみる事にしましょう。 オンタリオでは、皆さんご承知の通り一部の老舗ワイナリーのものを除いて原則LCBO以外ではワインは買えませんので、早速LCBO(いつも利用している比較的大きな店舗のサマーヒル店)へ買出しに行って来ました。 アイスワインのコーナーに並んでいるものの中から、ワイン評論家の評価ポイントが書かれたタグが付いているものを探します。こうすると外れのワインを買ってしまうリスクがかなり軽減されます。また、そのワインを購入後、レシートに記載されているアイテムナンバー(LCBOが各ワインに割り当てている番号です)をLCBOのウエブ・サイトに打ち込むとそのワインの情報が検索出来るのですが、評価ポイントが付いているワインはその評論家による色・味・香・飲み頃等の情報が記載されていて重宝します。私は家でワインを開ける度に、一緒に食べたメニューや自分自身の評価のメモを残しているのですが、その際にこのLCBOウエブ・サイトの情報が参考になり、自分で調べる手間が省けて助かっています。 オンタリオ産のアイスワインで何か良さそうな物は無いかと探してみると、ワイン・アクセス誌のジェフ・デイビスという人が89点を付けた(というタグが貼ってある) “HENRY OF PELHAM CABERNET FRANC ICEWINE 2006 ” というアイスワインを見つけました。200mLボトル入り、税込みで$39.95とかなり値が張りますが、ここは一念発起して購入してみることにします。 ヘンリー・オブ・ぺラム(Henry of Pelham)というのはワイナリーの名前で、カベルネ・フラン(Cabernet Franc)は使用されているブドウの種類を示し、2006年に収穫されたワインで造られたものであることが判ります。 レシートに“00672402”という番号が記載されていますので、それをLCBOのホームページ(http://www.lcbo.com/main/en.shtml)の右上の“product Name or Item #”と書かれた枠内に入力すると、下記の様な情報が得られます:
このワイナリーのホームページ(www.henryofpelham.com)も見てみましょう。 “Our Wines”の“Wine Descriprion”の中、“Sweet Wine”をクリックして“2006 Cabernet Franc Icewine”の説明を見てみます。 「ビンテージから1〜4年寝かしましょう」とあり、2007年〜2010年が飲み頃という事になります。この年のブドウの収穫日は1月21日。合わせる食べ物はフルーツをベースにしたデザートか柔らかいチーズが良いという情報も得られました。 ワインの醍醐味は、何と言っても一緒に食べる料理との相乗効果でワインと料理が共にぐんと美味しく感じることです。ワイナリーのホームページのアドバイスを参考に、チーズとフルーツケーキ、それに甘口のワインを合わせる定番のフォアグラも奮発してみました。 チーズと甘口のワインの組み合わせでは、世界三大ブルーチーズの一つであるイギリスのスティルトンとポートワインが有名ですね。柔らかいチーズという事で、今回はフランス産の牛乳から造られた白カビタイプのチーズで、切り分けると中身がドロッと出てきそうになるル・サンドレ・ド・プレ(Le Cendre des Pres)というチーズを選んでみました。真ん中に黒い灰がサンドイッチされているのが特徴で、断面に黒い筋として見えます。 次にフォアグラですが、火を通すと溶けやすいカモのものは避け、フォアグラ本来のガチョウの肝臓を用いたもので比較的安価なフランス産の缶詰を選びました。真ん中に小さなトリュフの欠片が埋め込まれています。 約50gのフォアグラ表面に塩・コショウをした上で小麦粉を塗し、オリーブオイルを敷いたフライパンでカリッと焦げ目を付けます。別にソースを作ります。ソースパンでバルサミコ酢を三分の一に煮詰め、ポートワインを加えて更に煮詰めます。最後に塩・コショウ・バターで味を調え、焼きあがったフォアグラの上にかけて出来上がりです。(写真を撮り忘れたので、似た感じのフォアグラのソテーの写真を代用。完成想像図とご理解下さい。) フルーツパイは、このアイスワインにはルバーブ(食用大黄)の香がするとLCBOのサイトからの情報にあったので、ルバーブとイチゴのパイを買ってきました。(これも“想像図”です。) テイスティングの前に最後に一点、飲み頃の温度が気になります。イギリスの大物ワイン鑑定家、マイケル・ブロードベント著の『ワインテースティング』(柴田書店)によれば、「単なる甘口のワインは7℃位」だが「高品質なワインほど冷やしを控えること」、「最上級の熟成したソーテルヌは10℃より低くしてはいけない」とあります。750mLの普通のワインボトルを冷蔵庫に入れると、30分で15℃、1時間で13℃、2時間以内に10℃になるとの事。このアイスワインは200mLなので1時間程以上冷やしました。 料理も揃ったし、ワインの状態もこれで完璧。(本当はワイングラスに何を選ぶかというのも、特に、香りに大きく影響するのですが、我が家にはデザートワイン用グラスの準備が無いので、ここは端折って小ぶりの白ワイン用グラスを使用する事にします。) さあ、いよいよ試飲です。ここまで引っ張ると否が応でも期待が高まりますね。 このアイスワインの色ですが、普通の赤ワインよりは大分薄く、ロゼワインが少しくすんだ感じ。全体に粘度が高くトロッとした感じで、独特の照りがみられます。 香りは、蜂蜜の甘い香に加え、色からも想像される乾燥アンズ、イチジク、キャラメルが現れ、そしてその背景に青りんご、柑橘系の香が感じられます。 味は、香りと同様最初に蜂蜜の様な甘さ、次に乾燥アンズ、イチジクなどのやや複雑な甘味が来て、最後に余韻としてルバーブと青りんご系の酸っぱさが残り、後味がすっきりした感じになります。 それでは、料理との組み合わせを試してみましょう。 先ずは、フォアグラです。 フォアグラは口に入れた瞬間、ソースのバルサミコ酢の柔らかな酸味が先ず感じられ、その後にポートの甘味が残ります。 フォアグラ自体は柔らかく口に入れるとふわっと溶ける感じで、最後に濃厚な味わいの余韻が残ります フォアグラは酸味の次に甘味が来るのに対し、アイスワンは先に甘味、後から酸味という順番の違いはありますが、酸味と甘味がバランスしている所が共通しているのでやはり相性は非常に良い感じです。フォアグラを食べながらアイスワインを飲んでみると、フォアグラとアイスワインの味が渾然一体になり、最後にフォアグラの濃厚な後味をアイスワインの酸味の余韻がさっぱりとさせてくれます。 次にチーズです。今回の試食で、サンドレ・ド・プレとアイスワインの相性の良さが私には一番の発見でした。サンドレ・ド・プレが口中にある間にアイスワインを口に含むと、チーズが溶けてカマンベールの様な白カビチーズ特有の香と共に乳脂肪分のねっとりとりした感じが口の中に広がりますが、このねっとり間とアイスワインの甘酸っぱさが見事な調和を見せ、後味が完璧にバランスします。 最後に、フルーツ・パイです。ストロベリーとルバーブの酸味と甘味が、これまたルバーブの香の要素を持つアイスワインと実に良く一致しています。ただこの組み合わせは、味の傾向がほぼ完全に一致しているので、上の二つの食材の様に、組み合わせの妙で新たな味の広がりを見せる、という展開にはなりませんでした。 という訳で、初夏の暮れなずむ爽やかな空を眺めながら、アイスワインと共に大変充実した週末の夕食が満喫出来ました。 皆さんも是非一度お試しあれ。 |