カナダで事業:業界 表話ウラ話

第16回  貿易観光運輸委員会より
「北米鉄道輸送に革命をもたらせた
ダブルスタックカー(Double-Stack Car)」

西濃シェンカー(Schenker of Canada Ltd.) 渡部 鴻次郎


世界は日進月歩で、進歩を遂げています。単純に、国際間のやり取りを振り返っても、かつては
FAXで行っていた海外との通信が、今では瞬時に世界中と交信が出来るインターネットになり、そのインターネットも、日に日に高速が図られており、画像や書類の送信も、E-mailに添えて送受信ができる時代になりました。技術革新や技術革命により、今では、通信端末の小型化や、携帯性も飛躍的に進歩し、携帯電話やブラックベリーによって、24時間通信を維持できるようになっています。 

5月の『とりりあむ』にも書きましたが、20世紀の国際貨物輸送は、コンテナ輸送によって革命が起きました。そして、そのコンテナ輸送は、瞬く間に世界の物流スタンダードとして普及してゆきました。しかし、そのコンテナ輸送が本当の意味で世界の国際物流の主流になるためには、世界最大の消費地域であり生産地地域である、北米大陸において、普及し、主流になる必要がありました。広大な国土を有するカナダおよび米国は、東西の港に到着したコンテナをどうやって内陸の消費地に効率よく持ち込むかが、そのキーを握っていました。 

当然、安価で内陸に持ち込むためには、鉄道輸送が一番です。1970年代には、コンテナは鉄道の貨車に積まれ、内陸に運び込まれるルートや方法が確立されました。

そして、1970年代中ごろには、大陸を鉄道で横断する、ミニランドブリッジ(MLB)という輸送方法が確立します。 

これによって、日本を含めたアジア発のコンテナは、中南米パナマのパナマ運河を経由しなければ、北米大陸東海岸の港や都市へは運べなかった時代から、鉄道によって西海岸から東海岸に運ぶことが出来るようになりました。また、紅海から地中海を経由したインド、中東の貨物に加えヨーロッパの貨物も北米東海岸に下ろされた後、鉄道を使って内陸および、北米西海岸の港や都市へ運ばれるようになりました。 

1980年に米国において、貨物輸送のDeregulation(規制緩和)が、スタッガード法という法律によって施行されました。カナダおよび米国にあった、40近い大小の鉄道会社は統廃合を繰り返し、その競争力、運賃の低価格に生き残りを掛けて挑むことになります。
 

規制緩和の“みそぎ”にさらされた鉄道業界に、救世主として現れたのが、「ダブルスタックカー(Double-Stack Car)」という新型の貨車です。このダブルスタックカー(Double-Stack Car)というのは、コンテナ積載用に超軽量に開発された鉄道貨車で、今まで1台の貨車に1本のコンテナしか積めなかった輸送から、2本のコンテナを2段積みして、貨車に搭載することが出来るように改良開発された新型の鉄道貨車です。


ダブルスタックカー
(Double-Stack Car)の出現により、鉄道会社は、路線の複式線化(単線の軌道を複数の軌道にして輸送能力を強化する方法では、土地の買収や新たなレールを敷く等の膨大な設備投資が必要となります) の様な大掛かりな投資をしなくとも、輸送能力を2倍に飛躍的に拡大することに成功したのです。それは、同時にコンテナ1本あたりの内陸の消費地への鉄道運賃の低減につながりました。

 

このようにして、世界最大の消費地であり、自動車、重機械から農産品に至るまで多種多様な製品の巨大な生産地でもある、北米大陸の内陸部へ、コンテナ輸送が一気に普及してゆくこととなります。 

余談にはなりますが、調べてみると、このコンテナを2本を積むことが出来る超軽量型の鉄道貨車:ダブルスタックカー(Double-Stack Car)の開発には、日本の石川島播磨工業が一役買っていました。 

また、1980年代のDeregulation(規制緩和)により、40社あった北米の鉄道会社は、、2000年初頭までに、カナダ主要2社(Canadian National Rail / Canadian Pacific Rail ) 、米国主要4社(Union Pacific Rail / BNSF / Norfolk Southern Rail / CSX ) に淘汰されました。このことは、Deregulation(規制緩和)以前は、多数の鉄道会社の軌道を乗り継がねば、コンテナが内陸へ輸送できず、無駄や、時間的なロスが生まれていましたが、乗り継ぐ鉄道会社の数が淘汰され、軽減されることにより、無駄な路線は統廃合が行われると共に、鉄道における幹線の整備が進むこととなりました。 

また、ダブルスタックカー(Double-Stack Car)の導入と同時に、鉄道の長大化が図られ、一回の列車が輸送する貨物量の拡大が図られました。
 

動力機関車の強化や、複数の機関車を連結することによって、100両を超える貨車を連結した列車が走るようになりました。これが、北米で俗に言われる「マイルトレイン(Mile Train)」です。全長が1マイルつまり、1.6km 以上もある列車です。そして、この「マイルトレイン」が大陸の輸送を担うようになっていきます。

 

これら、マイルトレインは、コンテナの積み下ろしを繰り返しながら、トロント、シカゴ、デトロイトといった内陸の大都市に、西海岸の港から6−7日間でコンテナを運び、最終的に東海岸に至ります。 


安価および大量に、北米大陸の内陸部へコンテナを輸送できるようになったことは、コンテナ輸送の飛躍的な普及を促進しました。また、これは、北米大陸西海岸の港から鉄道につながれるコンテナのみならず、パナマ運河や、スエズ運河を経由して北米大陸東海岸の港に下ろされるコンテナについても、内陸の都市への輸送の道を開きました。 

また、北米東部沿岸部の都市は、パナマ経由でコンテナを受け取る以外にも、鉄道によって西海岸から持ってくるという、選択肢も持ち得るようになり、北米大陸のコンテナ輸送はルートに多様性を持つようになると共に、コンテナ輸送自体が大きく北米大陸内で普及してゆく足がかりを掴むこととなりました。  

私が、マイルトレインや、コンテナ鉄道輸送の革命を起こしたダブルスタックカー(Double-Stack Car)を初めて見たのは、17年ほど前に、会社から米国に実務研修に出された折のことでした。ロスアンゼルス郊外の砂漠の中を、3〜4台の連結されたディーゼル機関車によって引かれる長大な列車を始めて見たときに、北米大陸の物流のスケールの大きさに感動したことを思い出します。フリーウェーの路肩に車を止めて、持っていたビデオカメラをズームにして、その延々と連なる、ダブルスタックカーに2段積みになったコンテナを無心で撮りました。しかし、あまりの長さに、いつまでたっても最終車両が来ず、最終列車を待たずに、撮影を終わらせたことを良く記憶しています。  

最後に、北米大陸内陸の都市トロントで働き生活をするわたくしたちも、1980年代中ごろに開発され、北米大陸の鉄道輸送に革命を起こした新型の超軽量貨車:ダブルスタックカー(Double-Stack Car)の恩恵を、日々受けていることは間違いありません。

この号の目次へ戻る   「業界おもて話ウラ話」一覧ページへ