リレー随筆

「音楽とベーキング、私を魅了するミスマッチ」

The Jazzy Made, Music & Baking Studio クルーチハル

「あなたの職業は?」という質問に「音楽家ですが、ベーキング講師でもあります」と答えると皆、首をかしげる。

音楽とベーキング?、変な取り合わせだなと言う所なのかもしれないが、本人にしてみれば至ってまじめに“こんなに似通ったものはない”という持論を通している。

まずその持論に入る前に自分の身に起こった大きな出来事をお話したい。

 

将来を左右した出来事とそれによって得たもの

音楽の領域で私が専門とするところは、ピアノと編曲で、アメリカの教育機関を経てハリウッドでスタジオミュージシャンとして、またロードに出ての仕事、数々のコンサート等をこなしていたが、ある時、私の将来を左右する大きな事件が起こった。

それはロサンゼルスのあるクラブでの仕事中、転倒した際に、左手がそばにあったゴミ箱の中に入り、そこにあったビール瓶の破片が手首に突き刺さったのである。もちろん仕事どころではなくなりすぐ救急へ。

救急ではそこを縫い合わせる処置はされたが傷はとても深く、後日専門医に回されると、腱とその周りの神経が皆ダメになっていて手術をしたとしても将来は何らかの後遺症が残ると言われた。ただ動脈をやられていればそれだけでは済まなかったのだから運が良かったのかもしれないが。

それからすぐアメリカでは5本の指に入るといわれた専門医に手術をしてもらい、4日間の入院、キャストを数ヶ月つけその後はリハビリ。キャストが取れるまでは自分の身に何が起こっているのかよくわからなかったが、時間が経つに連れようやく現実が突きつけられたというか、見えてきた。

リハビリでは、熱いオイルのようなものの中に手をつけたりボールを転がしたり、とにかく、ただそれらを必死に毎日続けた。医者には後遺症だとか何とか言われたけれどそんな事は絶対にありえないと自分に言い聞かせ、早く前と同じ状態にしようとただひたすらリハビリに夢中になっていた。ピアノのような筋肉を使う楽器は少しでも練習を怠ればすぐ後退してしまいプロとしての仕事は出来なくなるからあせっていた。

そしてその間にもそこのクラブを訴えようと弁護士を選び、行動に移していたが、

運が悪い事にそのクラブはマフィアが牛耳っていてどの弁護士も皆降りてしまった。それ以上、事を進めるのは危険と助言されしぶしぶ引き下がる以外にはどうすることもできず、今でもそれを思い出すと悔しい気持ちで一杯である。

その後、リハビリのお陰で随分回復はしたが、前と同じ状態にはならなかった。しかしそれにもかかわらず、たとえ以前とは違っても音楽をあきらめる必要もなく今までやってこられたのは幸運であった。さらにこれがきっかけでベーキングの世界にも入るようになり、「災い転じて福となる」というのはこういうことかもしれないと思った。

 

 

カナダ音楽観

カナダに移住して8年、今ここで特に私が力を入れているのは音楽教育。

ここにはロイヤル音楽院、そしてそこ主催のグレード試験システムなど恵まれた教育環境がある。私が所属しているオンタリオ及びカナダ公認音楽教師協会(ORMTA.)は、音楽を学ぶ生徒のレベル向上にとても力を入れている団体である。生徒の質向上には教える側のレベルと共に教えられる側(生徒とその保護者)の芸術に対する価値観がどうかと言う事が関係してくる。

先ほども名前が出たロイヤル音楽院主催のグレード試験の生徒の点数、あれは先生選びの一つのヒントにする事が出来るいいものだと思う。


さて、カナダにおけるジャズ教育はというと、ハンバーカレッジを始めジャズ科を設立している大学が増えてきているのはうれしい。トロントオールスターバンドも若い人たちの才能発掘に大きな役割を果たしている。ただ本家アメリカと比べるとジャズ人口が少ないせいか、ある高校のジャズバンドなど(私の見た範囲では)ジャズと言うものからは程遠く、もう少しアメリカの高校などをお手本にしたほうがよいのではないかと思えるようなものがあるのも事実だ。

ロイヤル音楽院のグレード試験システムはクラシック系だが、同じように歴史のあるカナダ音楽院がジャズグレード試験システムを立ち上げジャズ音楽演奏の質向上に向けて動いている。ただ、まだピアノの先生でジャズも教えられる人たちが数少ないという事が、この試験が今の所あまり知られていない原因の一つになっているようだ。私自身もこれにはいろいろかかわっていきたいと思っている。

昨年、私もメンバーになっていたIAJE(国際ジャズ教育協会)USAがまさかの倒産をした。カナダ本部からはそれに巻き込まれる事はないと説明をうけていたのにもかかわらず、消滅。あの協会のジャズ教育に対しての働きが大きく、2年前、トロントで行われた最後のIAJEコンフェレンスも大変良いもので、スカラシップ等、若い人たちのやる気を支えていたのに本当に残念と思っていた矢先、CAJE(カナダジャズ教育振興協会)から、ついに念願だったこの協会がまた再び立ち上げられたと連絡が入ってきた。これからのトロントのジャズシーン、どう前進していくか楽しみだ。

音楽教育に力を入れている、と述べたが、その一環として「若い人たちのためのコンサートYoung People’s Concert」というのがある。アメリカや日本でやってきたコンサートのプロデュースなどの経験を生かし、ここでも何か面白いものができないかと思案していた所、オンタリオおよびカナダ公認音楽教師協会(ORMTA)から依頼を受け本格的に協力をする事になった。題名では「若い」とあるが、若い人たちのためだけではなく老若男女、誰にでもコンサートの面白さを伝えるというのが主旨で、楽器演奏のみを聴くのではなく使用楽器や曲の内容の説明や聴衆との質疑応答などがあり、聴衆と一体になったとても教育的な内容になっている。



ベーキングとの出会い

私とベーキングとの最初の出会いは随分前にさかのぼるが、初めに話した「将来を変える出来事」が起こって悶々としていた時、本格的にベーキングの専門学校に通い、その勉強にも夢中になっていた。すると、それまではただ単に好みのパンやケーキなどをレシピーにそって材料を混ぜるだけで、単純においしい、おいしくないだけの世界だったのが、それ以外にも面白い世界があるのだということがわかった。

 


我がベーキング考察カナダ編

カナダに来て一番苦労したのは気に入った材料を集める事とその材料にあったメニュー(レシピ)の編集をする事で、粉も水も日本のそれとは大きく違い、日本で使っていた分量ではうまく出来なかった。 

特に私が重要と考えているのがオーガニック系の材料で、そうなると探すのはもっと大変。すべてを用意するのに2年ほどかかったが、今はここカナダでも納得がいくようなものが作れるようになり、生徒さんともども喜んでいる。カナダにある材料で、もちろん添加物なし、オーガニック中心、それで自分の味が出せるかどうかという事が重要課題だ。 

ジャジーメイドのメニューはどれも手間隙をかけて作るもので、今は忙しい世の中だからと、何でも手早くインスタントで出来るものを望む人たちのニーズには、答えてはいない。反対に忙しい世の中だからこそ、時間をかけて臨むことが重要だと考えている。熟成されたものには真の味わいがある。

最近は、コース以外にも単発講習のリクエストが多く、いろいろなメニューをジャジーメイド(JazzyMade)流にアレンジして提供している。

音楽とベーキングの類似点、私の持論

私にとってのベーキングの魅力は、ただレシピーに書いてあるものをその通り作って終わりではなく、自由に材料、配合をいろいろ考える事。たとえば塩がわずかな違いでどれだけ他の材料に影響を与えるか、これをこの計算でこの時間この温度で混ぜたらふくらみ具合は、とかそういった実験的なことがとても楽しい。

音楽の場合は、もし演奏であるならば、指先のタッチ、手首、腕などの使い方で音が変わる様、編曲であれば音、和音の組み合わせ、楽器の組み合わせ等、どうしたら自分の思ったような感じに変えられるか等。

以上がまさしく私が言いたい音楽とベーキングの類似点である。 

自分の思いを音楽は音符、音で表現、ベーキングは粉など材料で表現と言う所だが、この追求には終わりがない。

一見不可思議な組み合わせだと思われる「音楽」と「ベーキング」。しかしこのミスマッチの裏側には深い意味、そして共通の言葉、「創造」というパッションが秘められているのである。種類を問わず熱中できるものがある人生は面白い。

The Jazzy Made Music & Baking Studio 主催、www.jazzymade.com
Oakville在住

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