2007年にトロントに赴任して以来、この大会には毎年参加させて頂き、今回が4回目になりました。今年は雨の多い春であったにもかかわらず、当日は絶好の天気に恵まれました。天候がずっと悪かった関係で、自分としては今シーズンは十分な練習が出来ておらず、不安な当日を迎えました。しかし、一緒にプレーさせて頂いた伊藤さん(シャープ)と根本さん(JTB)がスタート前に「楽しくプレーすることを、第一目標に今日一日エンジョイしましょう」とおっしゃって頂いたことで、終始ジョークを交えながらとても楽しくラウンドさせて頂くことができました。
実は去年この大会で3位を頂いたこともあり、まさか今年、自分が優勝させて頂くとは思ってもおらず、ディナーの席で自分の名前が呼ばれた時は、「何かの間違いでは」と思ってしまいました。普段、監査法人で監査の仕事をしている関係で、最後に頂いた大会結果で自分のスコアが正しく報告されていたか、思わず確認(監査)してしまいました。確かに間違いはありませんでした。
その仕事の関係で、色々な国でゴルフをプレーしてきました。折角の機会ですのでここで小生のゴルフ半生(反省)をご紹介させて頂けたらと思います。ゴルフを始めたのは、日本がまだバブル全盛期の大学生時代でした。趣味でレッスンを取っていて、当時の日本は平日ゴルフも盛んでした。メンバーのドタキャンがあると、大体、平日、寸前でも暇なのは大学生の自分ぐらいだったので、色々な方から声を掛けて頂き、下手ながらよくラウンドをしていました。
社会人になって最初に勤務したのがオレゴン州のポートランドです。カナダのバンクーバーとよく似た、緑に囲まれた大変美しい街です。街中にゴルフ場があり、ほぼ通年大変安くプレーすることが出来ます。ハンデが18になった時、通っていたゴルフクラブのメンズクラブに勧誘があり、メンバーの仲間と毎週試合(コンペ)を5年間していました。トレパンとテニスシューズにもかかわらず、シングルハンデでプレーする、いわゆるダイハード(Die Hard)と呼ばれるオッサンゴルファー達とそこで出会いました。小生のゴルフと英語(スラング)は彼らから学んだと言えます。
その後、大学院に進学し、NYに引っ越しました。マンハッタンに住んでいた関係で、車を所有しておらず、ゴルフ場も郊外に1時間以上車で行かなくてはならないところが多く、自分のゴルフにとっては好環境とは言えませんでした。また、トロントと同様、冬の間はゴルフ場も閉まることと、NYはゴルフ以外のエンタメも多いことから、この間ゴルフはかなり下手になりました。ただ、「ゴルフ越冬隊」と言われる、日本人のダイハード達がいて、雪の中、開いているゴルフ場を探し、黄色いボールでプレーしたのを覚えています。
その後、大学院を無事終了し、NYで同じ監査業界に再就職した後、今度は仕事でブラジル、サンパウロに転勤になりました。サンパウロは気候的には日本の沖縄と同じです。ご存知の方も多いかと思いますが、ここではPLゴルフクラブでプレーします。スタート前は必ず、ブラジル人の作るソッパ(味噌汁)を頂き、山の向こうから聞こえてくるPL教団の太鼓のリズムに合わせて、ティーショットを打ちます。ラウンド後はガラナと呼ばれるソーダとビールを混ぜた「シャンチ」で乾杯です。サンパウロに3年間駐在し、NYで下手になった分を、ここで取り戻すことができました。
最後になりましたが、今大会を企画頂いた日本商工会、スポンサーの皆様、当日のボランティアを担当なさった皆様には改めてこの場をお借りして御礼申し上げます。これからもこの大会を通して、皆様との交流を深め、少しでもこの地域への貢献が出来たらと思っております。
(※大会についての詳しい報告および写真はこちらのページをご覧ください。)
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