広報委員のひとりごと

「War of 1812」〜米英戦争に思いを馳せる

パナソニックカナダ 深田 昌則

  
  
昨夏ミシサガ・ストリーツビルで行なわれた米英戦争戦闘シーンの再現イベント 


今年の夏は日本からはなかなか行く機会の無い中米の国、グアテマラ、ホンジュラスを旅してきました。現地ではマヤ文明の遺跡、スペインによる征服時代の史跡、「バナナ共和国」と呼ばれるプランテーション経済の現実などを見てきましたが、やはり歴史が現在でもその国の成り立ちに大きく影響を与えているという事実にはいつも感銘を受けています。

そして、北米ももちろん同様のことが言えます。この巨大な大陸にアジアから人類が渡ってきたのが約1万2000年前とも言われ、その後はさまざまな民族に分かれ群雄割拠していたところへ今度はヨーロッパから別の人類がやってきます。このヨーロッパ人もさまざまな民族(国)がそれぞれに分かれ地域を支配していきます。よく知られているように、ケベックシティーでの1759年の戦争(エイブラハム平原の戦い)で英国軍が最終的にカナダでは優勢を確保し、カナダ全土は正式に英国の植民地となりました。

それでは、なぜ、北米には英国から独立したアメリカ合衆国という国と、英国植民地を前身とするカナダという2つの国が存在するのか?この2カ国の領土・国境線はいつどうやって確定したのか?

「War of 1812」という戦争がありました。ちょうど200年前のことで、昨年から連邦政府やオンタリオ州政府が盛んにキャンペーンを行なっていたので記憶に残っている人も多いかもしれません。当時、世界中に植民地を確保して栄華を誇っていた超大国イギリス(そのカナダ植民地)に対し、独立戦争で勝利し再び領土拡張の野心を持つ新興国アメリカ合衆国が仕掛けた戦争です。1812年から約4年間続きました。日本語では「英米戦争」と呼ばれています。

発端は1812年6月、アメリカ合衆国が議会で英国に対して宣戦布告した時から始まります。五大湖西部地区で米軍と英国軍(カナダ軍)の間には戦闘が発生し、カナダ軍が防衛に成功しているところへ、1813年4月米軍がオンタリオ湖を渡りトロントに上陸(ハンバー湾マリリンベル・パークのあたり)し、攻撃を仕掛けます。その際、トロント(当時ヨークと呼ばれていた)の町は焼き討ちにあいます。ナイアガラの滝の西、ビーバーダムズの戦いでは、米軍の急襲をいち早く本陣に知らせた女性がローラ・セコール(チョコレートで有名)として知られるなど、この手の逸話も多い。カナダ軍も反撃し、ナイアガラを経て、最終的には1814年8月に首都ワシントンDCの大統領官邸を焼き払います。真っ黒焦げになった官邸を修理の際に白く塗ったのが「ホワイトハウス」の始まりというのは、カナダ人が好きな後日譚。

カナダ軍が攻め込んだボルチモアのマクヘンリー砦で夜通しの戦闘の後、米軍は何とか持ちこたえた朝に砲撃にさらされてもまだ翻っていたのが星条旗。このエピソードが有名な米国国歌になりました。

先住民もそれぞれカナダ側、米国側に分かれ戦い、結局カナダ戦線ではカナダが優勢となり現在の国境が確定。その後米軍は北への領土拡張はあきらめ、そうして北米大陸にこの2つの国がそれぞれ存在することになりました。カナダはこの戦争をきっかけに、アッパーカナダ(現在のオンタリオ)とロウワーカナダ(現在のケベック)の間に連帯感が生まれ、後のカナダ建国の礎となったと言われます。

このときの戦争の史跡がオンタリオ南西部にはたくさん点在しており、昨年から今夏は戦闘シーンの再現が各地で行なわれました。記念25セント硬貨も発行されました。しかし米国ではメディアでほとんど取り上げられず、しかもこの戦争で米国が敗北したと公式には認めず、学校でも歴史でほとんど教えていません。そのため911の際には「米国本土が直接攻撃されたのは初めてのこと」という報道もあったと言います。

ところで、歴史に「もし」はない、といいますが、もし米軍がトロント以北にも攻め込みカナダ軍が敗北していれば、北米にはアメリカ合衆国という国しか存在せず、ケベックもニューオーリンズのように仏語は廃止、石油やウランなどの資源を手に入れた米国は現在よりもっと大きな覇権を握っていたかもしれません。

それより、日本企業の駐在員もこのあたりには派遣されず、紅葉の美しいこの土地に我々が来ることもおそらく無かった、ということになります。このトロント日本商工会もなく、伊東専務も毎月『とりりあむ』の原稿に悩まされることは無かったでしょう。しかし現実は、我々はここに派遣され、日本の本社に対し「米国とカナダは違うんです」「法規制も市場の傾向も違います」「英仏二カ国語表記は義務なんです」などとくどくど説明することになりました。でも米国駐在員と違い、この自然に恵まれた平和でのどかなカナダ生活を満喫できるのも事実。これはすべて、あの1812年の戦争の結果、と言えると思います。

ハミルトン、ナイアガラなど各地に残る戦跡も今はひっそりとし、あまり多くの人が訪れることはありませんが、秋の夜長にこのような歴史妄想の旅に浸ってみるのも悪くないと思います。


<米英戦争戦跡>
・ トロント:ヨーク砦(Fort York)
・ ハミルトン:戦場史跡博物館(Battlefield House Museum & Park)
・ ナイアガラ・オン・ザ・レイク:ジョージ砦(Fort George)

<米英戦争関連ウェブサイト>
http://1812.gc.ca/ カナダ連邦政府による米英戦争200周年記念ウェブサイト
http://warof1812.ca/ 動画がいくつかあります

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